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誰そ彼月7

「樹。月城さんって、誰だ?」 急にすぐ側から声が降ってきて、樹はびくっとした。考え事に夢中になっていて、薫がベッドの脇まで来ていたことに気づかなかった。振り返って見上げると、薫は怪訝な顔をしてる。 「おまえ、どうしたんだ。顔が真っ青だぞ」 咄嗟に取り繕えなかった樹は、何も言えずに薫を見つめた。 (……どうしよ。義兄さん、変な顔、してる。何か、言わないと) 薫はゆっくりとベッドに腰をおろすと 「今の電話、月城って人からなんだろう? ……友達か?」 (……月城さん……?……あ。そっか。月城さん。電話。え。僕、名前言っちゃってた?) 「ぁ……え……っと」 「もしかして、今朝おまえが駅まで車で送ってもらっていた男か?」 「……っ」 混乱していた頭を、ガンっと殴られた気がした。樹は薫の口から出た言葉が信じられなくて、呆然とした。 電話に出た途端、樹の表情が曇ったのが気になった薫は、電話の相手の言葉に樹が顔を歪ませ、こそこそと背を向けたのを見て、はっとした。 (……誰からの電話だ?) 聞き耳をたてるつもりはなかったが、焦ったように上擦る樹の短い返事の中に『月城さん』という名前があった。樹の交友関係は知らないはずなのに、何故かふと、今朝の車の男の横顔が浮かんでしまった。 そういえば、樹は自分に嘘をついたのだ。 「……車……って?」 樹が掠れた声でそう呟いて、首を傾げた。薫が見つめるとふいっと目を逸らす。 薫はなんだかもやもやしてきた。樹の作った炒飯を食べて、浮上していた気分がまた落ちていく。 冷静になれよ、と、頭の中で警鐘が鳴る。樹にだって、自分の知らない交友関係があってもおかしくない。別に話したくないことだってあるだろう。こんなこと、普通の心理状態なら、さらっと流してしまえることなんだ。勝手なイライラを樹に向けるのは間違っている。 (……落ち着けよ。冴香に振られたのは、樹には何の関係もないことなんだ) それより、樹の様子がおかしい。どうしてそんなに怯えた顔をしている?顔色も真っ青だ。 さっきまでは別に普通だった。今朝、顔を見た時、少し痩せたかな……と気にはなったが。 (……今の電話が原因か? その月城というやつに、何か言われたのか? よく聞き取れなかったが、樹は何と返事していた?) 薫はそっと深呼吸して気持ちを落ち着けると、ベッドに深く座り直した。 「なあ、樹。おまえ、どうしたんだ? 何か困ったことでも起きたのか?」 努めて穏やかに、樹に問いかけてみる。 「別に」 シーツをぎゅっと握り締める樹の手が震えている。薫はもう1度ゆっくり深呼吸すると 「な。何かあったんなら、俺に話してみろよ。独りで抱え込んで悩んでるより、誰かに言うと楽になることもあるぞ。もしかしたら、解決策が見つかるかもしれないしな」 「別にっ。何もないって言ってるじゃん」 樹はそう叫んでますますそっぽを向いた。何もないって態度じゃないだろう。そう言いかけて薫ははっとした。樹のシャツの襟が、さっき寝転んでたせいだろう、縒れて片方が中に折れ込んでいた。ちょうど薫から見える位置のむき出しになった首筋に、虫に刺されたような紅い跡が見える。ちょっと痛そうだな……そう思って目を凝らすと、紅い跡はひとつじゃない。点々と連なっているように見える。 それに…… (….あれは……歯型……?) まるで噛みつかれたような跡。 ……いや。そんな筈はない。そもそもあんな場所に、なんでそんなものがつく? 薫は目を凝らしながら、樹の方に身を乗り出した。

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