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誰そ彼月8
義兄に、見られていた。月城に車で送ってもらったのを。
(……どうしよう。何て説明しよう。昨夜は友達のとこに泊まったって言ってたのに。
何か言わないと、義兄さん、ますます変に思っちゃうよね。
でも……どうしよう。言葉が、出ない)
月城のことを話して、叔父とのことまで知られてしまったら。
(……ダメだ。叔父さんのこと思い出したら、また苦しくなってきた。頭ん中ぐちゃぐちゃで、何て言っていいのか、分かんない)
「樹……」
すぐ後ろから義兄の声がする。振り返ると、息がかかるくらい近くに、薫の顔があった。
「……っ」
義兄はいつのまにか、ベッドの上にあがってきていた。
(……なに?……なんで?ものすごく変な顔して、僕のこと見てる。
……え……怒ってる……? どうして?)
「樹。正直に答えろよ。その月城ってヤツ、おまえとはどういう付き合いなんだ?」
「……え……と……。ともだち」
樹は必死に声を絞り出した。
でも薫は、ますます顔を顰めて
「友達? あんな年上の男がか? 昔からの知り合いなのか?」
(……違う。でも、言えないよ。
月城さんのこと説明したら、叔父さんの話になる。僕は、話したくない。義兄さんに、叔父さんのことなんか、絶対に)
「べつにっ、いいじゃん。どんな知り合いでも。兄さん、兄さんに、関係ないだろ……っ」
樹が思わず叫ぶと、薫はどこかが痛いみたいに顔をぎゅっと歪めて、黙り込んだ。
(……また、嫌な言い方しちゃった)
薫にこんな顔させたい訳じゃない。多分、自分のことを心配して聞いてくれているのに、こんな言い方ってないと思う。
(……でも僕は……)
「関係ない、か……」
地を這うような薫の低い声。樹が恐る恐る振り返るのと、薫の手が伸びてくるのが同時だった。一瞬、殴られるのかと思って首を竦めると、薫は何故か、樹の首元に手を伸ばして、シャツのボタンを外し始めた。
(……っな……なに……?)
「おまえ、首の後ろ、見せてみろ」
薫は低い声でそう言って、びっくりして固まっている樹の、シャツのボタンを3つ外すと、襟を掴んで引き下ろした。樹が慌てて薫の手を掴むと、逆に手首をぎゅっと握ってきて
「これ、どうしたんだ? 樹。首の後ろ。怪我してるだろう。……いや、怪我じゃないのか? これは……」
樹に関係ないと言われて、自分の中で何かがプチっと切れた。
冷静になれと、心の中の自分が囁いている。
(……でも今はちょっと黙ってろ)
樹のシャツのボタンを外した。何をされるのか分からず、怯えたように身を竦め、手を外そうとする樹の手首を掴んで、薫はのしかかるようにして樹をうつ伏せに押し倒した。
「っなに? 兄さん、ちょっ」
もがく樹を押さえたまま、シャツを肩から引き下ろす。ほっそりとした樹の首が剥き出しになる。見下ろした薫ははっと息を飲んだ。
白いうなじから肩甲骨にかけて、さっき見つけた紅い跡が点々と散っている。予想していたより広範囲に痛々しい紅。
(……痛々しい……?
いや……艶かしい……?)
まだ中学生の樹の身体に、全然ふさわしくない刻印。これは恐らく……吸い跡、キスマークだ。
(……なんでこんなものが、こんな所についてる? それに、こっちのは……やっぱり歯型じゃないか。どういうことだ?)
「にいっさ……やめてっなにっすんだよっ」
樹はじたばた暴れて、肌蹴たシャツを元に戻そうとするが、薫はそれを許さなかった。
「樹。どういうことだ? このキスマークは。なんでおまえのここに、こんなものがあるんだ」
「っっっ!?」
樹はもがくのをぴたっと止めて、肩越しに振り返る。驚愕に見開かれた樹の大きな瞳。口を開けて何か言おうとしているが、声が出ないようだった。
樹のそんな反応に、薫は確信した。やっぱりこの跡は、そういう類いのものなのだ。信じたくなくて、出来れば樹に否定して欲しかった。だが……
前から薄々気になってはいたのだ。樹の雰囲気が、初めて会った頃と随分変わってきていることを。成長期だから。そういう年頃だから。そう自分に言い聞かせて納得しようとしていたが、会う度に、ちょっとドキッとする位、大人びた色気を感じるようになっていて、薫は心のどこかで薄々疑っていた。
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