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誰そ彼月9

「離してよっっ」 樹が叫んで急に暴れた。不意をつかれた薫の腕の下から、もぞもぞと這い出そうとするのを、押さえつけ直し 「樹、答えろ。これ、誰にやられた? その月城ってヤツか?」 「離せって。痛い! 離せよっ」 「動くな。ちゃんと答えろっ」 「……っ兄さんのバカっ。離せってばっっ」 「樹っ」 暴れる樹の身体を、薫はぎゅっと抱き締めた。沸き起こった恐ろしい疑惑に、胸が苦しくなる。樹はもしかして、おかしなな虐待を受けているのか? 月城って男はいったい何者なんだ? 薫が悲痛な声で、自分の名前を呼んだ。その声がすごく辛そうで、樹はびっくりした。 (……え………なに? 怒ってるんじゃ……ない……?) 樹が暴れるのをピタッと止めると、がっしりした腕が、樹の身体をぎゅっと抱き締めてきた。 (……何……これ……なに、起こってる?) 「頼む、樹……正直に言ってくれ。月城ってどんな知り合いだ? おまえにこんなのつけたのは、あの男なのか?」 薫は押し殺した声でそう言って、樹を抱き締める腕の力を強めた。 (……苦しいよ。息が……詰まりそうだ。どうしよ。何て答えよう。義兄さんに見られた。どうしよう……) 薫が言っているのは、きっと叔父につけられたやつだ。 叔父は、四つん這いにさせて、後ろからお尻に突っ込んでくる時、首とか肩とか背中を、舐めたり噛んだり吸ったりする。鏡でチェックした時、見える範囲にはついていなかったから、樹は油断していたのだ。 (……よりにもよって、義兄さんに見られちゃうなんて……) 言葉が見つからなくて黙り込んでいる樹に、薫はちょっと苛立った様子で 「おまえ、最近なんだか前と違うなって、俺は気になっていたんだ。最初に来た時も、おまえ家出したり、腹空かせてたりしただろう? おかしな連中と付き合ってたりしてるんじゃないか? 虐められてるんじゃないのか?」 樹は背中越しに聞こえてくる薫の言葉に、きゅーっと胸が痛くなった。義兄はやっぱり怒っているのではない。ものすごく心配してくれている。今だけじゃない。樹がここに初めて訪ねた時から、家出のことも気にしてくれていたのだ。 (……優しい義兄さん) 樹は、出来ることなら、叔父のことを、義兄に全部打ち明けたい。あの人にどんな酷いことをされているのか、全部言って助けて欲しいと縋りたい。 (……でも……) 助けて欲しいという気持ちと同じぐらい、義兄にだけは、知られたくない。叔父に嫌なことをされてるのに悦んでしまう、自分の情けなくて恥ずかしい身体のことを。 (……だから……) 樹はぎゅっと目を瞑って、気を落ち着ける為に深呼吸した。 「しゃべるから、兄さん、手、離してよ。このままじゃ、俺、痛いし、苦しいよ」 (……割と普通に、声、出せた) 樹の言葉に、薫ははっとしたように身体を起こして、腕の力をゆるめた。 「樹」 樹は薫の手を振り解くようにして、もぞもぞと下から這い出た。薫は、戸惑いながら身体を起こして、樹を開放した。

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