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誰そ彼月10

薫が起き上がって手を離すと、樹も身体を起こして、少し離れた窓際の壁にへばりついた。 肌蹴けられたシャツを引き上げて、ボタンをしめている樹は、赤い顔をしていて、薫の方を見ようとしない。 樹の口からどんな言葉が飛び出すかと、薫は固唾を飲んで見守った。もし、自分の想像通り、樹がその月城という男に酷い仕打ちを受けているなら、何としても助けてやりたかった。 樹は服を直すと、大きく深呼吸してから、俯いたまま意を決したように口を開いた。 「俺……多分、兄さんは軽蔑すると……思うけど、男の人が……好きなんだ……と思う」 「……っ……?」 躊躇いがちにぼそぼそと呟く樹の口を、薫は無言で見つめた。樹はいったん沈黙し、シャツの裾をぎゅっと握り締める。 「兄さん、俺に、恋人、出来たら紹介しろって言ったけど、俺の、恋人……女の子じゃない」 「……樹……」 樹は言いにくそうに口をもごもごして、ちらっとこちらを見てからまた目を伏せた。 「俺、病気なんだ。だから」 「ちょっと、待て。じゃあ、月城ってやつが、おまえの恋人って、ことなのか?」 自分の声がすごく掠れているのが分かった。樹はすかさずぶんぶんと首を横に振って 「っ違うっ。月城さんは、俺のこと、助けて……くれただけ」 「助けて?」 「俺が、変なやつらに、襲われ……そうになったの、助けてくれたっ……だけ……だから」 樹は痛そうに顔を歪め、振り絞るようにそれだけ言うと、自分の身体を両腕で抱き締めて縮こまった。 「乱暴されたのか? 誰に?」 「……わかん……ない。知らない、やつらだったし」 「いつだ?」 「……お、おととい」 「偶然、助けてくれたのか? その月城ってやつが」 樹はますます身体を縮こまらせて、黙り込んだ。 薫は物凄く動揺したが、これ以上樹を追い詰めるような言い方をしてはダメだと思い直し、必死に口を噤んだ。 今の話が本当なら、樹は今、傷ついている。自分以上に動揺して苦しんでいるはずだ。 「……ごめん、樹。酷いこと、聞いたよな。悪かった」 薫は樹に向かって頭をさげた。 「おまえが何か困っているのなら、俺に一番に相談して欲しかったんだ。でも……無神経な言い方したよな。すまない」 樹が身じろぎする気配を感じた。薫は樹の顔を見ないように目を伏せたまま 「今更、何言ってるんだって思うかもしれないよな。でも俺はおまえが好きだよ、樹。可愛い弟が出来たって、すごく嬉しかった。大切にしてやりたい。何かあったら守ってやりたいって思っていた。おまえはそんなの迷惑かもしれないけどな」 義兄の言葉を聞きながら、樹は胸の奥がずきずきしていた。 苦し紛れについた嘘なのに、義兄はすごく哀しそうで。 自分の口から出た嘘は、もう取り消せない。これ以上義兄に嘘をつきたくないのに、何か言えば言うほど、どんどん嘘が増えていく。薫が自分を気遣って、優しい言葉をかけてくれればくれるほど、いたたまれない気持ちになっていく。 (……こんなの本当は嫌なのに。 義兄さんを哀しませたくない。 謝らせたりしたくない。 僕の言うこともやることも、義兄さんを困らせてばかりで、それがどうにもやりきれない) 「俺はおまえが好きだよ」 「大切にしたい」 「守ってやりたい」 嬉しいはずの義兄の言葉が、苦しくて痛くてせつない。 樹は鼻の奥がツンと痛くなってきて、自分の太腿にぎゅっと爪をたてた。

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