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第15章.雨夜の月1
「……おまえもなのか」
地を這うような低い声が聞こえた。樹がびっくりして振り返ると、薫はさっきとは全然違う顔をしていて……
「おまえも、俺のことを拒絶するんだな」
薫は、すごく哀しい顔をしていた。今日、会った時と同じぐらい、いや、それ以上に暗い表情で。
「……っ違うっ。拒絶とかじゃ、なくてっ」
樹は慌てて首を振ったが、薫はぷいっとそっぽを向いて、はぁ~っと深いため息をついた。
「いいんだ。俺じゃダメなんだろう。俺の何がいけないのか、さっぱり分からないな」
肩を落としてぼやく薫の様子に、樹ははっとして、さっきの話を思い出した。
(……そっか……。義兄さん、誰かと喧嘩したって……。突然目の前で扉が閉められたみたいだって……言ってたんだっけ)
自分の今の態度も、薫にはそんな風に見えたのかもしれない。
(……僕、今、何て言っちゃったっけ? 頭ん中ぐちゃぐちゃでよく覚えてない)
「結局おまえも……冴香と同じか」
薫の意外な言葉に、樹はどきっとした。
「……え……冴香さん……?」
薫は、こちらをちらっと見て、なんだかすごく疲れたような顔で力なく笑った。
「フラれたんだよ、あいつに」
(…………え……)
「友達に、戻りましょうってな」
(……うそ……)
「昨夜泊まって、今朝朝飯を食った後、いきなりだ」
「……な……なんで?」
思わずガバッと身を乗り出した樹に、薫は首をすくめ
「わからん。理由、言わないんだ」
「そんなっ。え。だって」
(……こないだ山形に行ったって。ご両親に会ってきたって、義兄さん、嬉しそうに……)
「なんだろうな。俺の何が、悪かったんだろな」
薫のデカい身体がしぼんで見える。いつも明るくて自信たっぷりの義兄が……。
「……兄さん……」
「はは……。格好悪いよな。おまえには言わないつもりだったんだけどな」
(……そんな、哀しい顔で、笑わないでよ。義兄さん。そんなしょぼくれたり、しないでよ)
さっきとは違う理由で、胸が痛む。義兄の落ち込んでる姿を、見ているのが辛い。
樹はずずっと薫に近寄ると、手を伸ばして薫の肩に抱きついた。この腕じゃ義兄を抱き締めてあげることも出来ないけれど、それでも精一杯腕を伸ばして頭を抱き寄せた。
「……っ。樹……」
「格好悪く、ない。兄さん、悪くないじゃん。理由もなしに兄さんをフッた冴香さんが、悪いんじゃん」
薫は驚いて顔をあげようとしたが、樹は細い腕に力を込め、ぎゅうっと抱き締めてくる。
なんだか妙に脱力した気分で、薫は、樹の胸に顔を埋めたまま、動くのを止め、しばらくじっとしていた。
樹が小さな身体で、精一杯、頭を抱きかかえてくれた。兄さんは悪くない。格好悪くないと言ってくれた。
(……何……やってるんだろうな……俺は。女に振られたくらいで、10近くも下の弟に泣き言か。まったく情けないにも程があるじゃないか)
それほど動揺していないと思い込もうとしていたが、どうやら自覚している以上に、狼狽えていたらしい。
(……樹はきっと、呆れているよな。俺のこんな情けない姿に)
頭を抱えられて、自然と樹の胸に顔を埋める形になっている。触れた場所から、樹の温もりと鼓動が伝わってきて、薫は落ち込みつつも、ちょっとほっとしていた。
格好悪いと思われたくなくて、冴香だけでなく樹の前でも、平然を装おうと気を張っていた。
でももう、今更だ。
見栄を張ってみたって、口に出してしまった言葉は戻せない。
苦い思いはあるが、さっきより格段に気が楽になった。
「俺、冴香さんに聞いてくる」
樹のくぐもった声が、埋めた胸から直接伝わってきた。薫がピクッと動くと、樹は片手で頭をぎこちなく撫でながら
「兄さんのこと、どう考えてるのか、俺、あの人に聞いてみる」
「え?」
薫がバツの悪い気分で顔をあげると、怒ったような表情の樹と目が合った。樹は顔を強ばらせて
「俺、前からずっと、気になってたんだ。冴香さん、兄さんのこと、大切にしてないんじゃないかって」
「樹……?」
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