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雨夜の月2

「兄さんと約束してるのにドタキャンとか、何回かあったじゃん。俺と一緒の時も、あの人、自分のやりたい事優先で、兄さん振り回してる感じしてたし」 樹は怒った顔でそう言うと、薫から手を離して、ベッドから降りようとする。 「おい待て、樹」 「自分の親に合わせたりとか、しといて、理由もなしにフるとか、意味わかんないっ。そんなの、絶対に変じゃんっ」 薫は慌てて樹の腕を掴んだ。 「樹、待てって。おまえ、何ムキになってるんだ」 「兄さん、人がよすぎ。勝手なこと言うなって、もっと怒ればいいじゃん。理由ぐらい言えって。兄さんが言えないなら、俺が文句言ってくるっ」 「こらこらこら」 叫んで今にも部屋を飛び出しそうな勢いの樹を、薫は焦って引き寄せた。振り返って睨みつける樹の目に、涙が滲んでいるのを見て、薫は唖然とした。 「樹……。いや、ちょっと待て。落ち着けよ。おまえがそんなに怒ってどうするんだ」 「だって……っ」 樹のあまりの剣幕に、逆に自分の方が冷静になった。 (……なんだろうな、こいつは。俺の為になんでそこまで怒ってるんだ?) 「おまえの気持ちは嬉しいよ。だがちょっと落ち着け。振られた相手に、弟が文句言いにいくなんて、格好悪すぎだ」 苦笑する薫の顔を、樹は納得のいかない顔で睨んだまま、黙り込んだ。 薫はベッドの端に樹を座らせ、隣に座り直すと、樹の頭をぽんぽんと撫でた。 「ありがとうな。俺の代わりに怒ってくれて。正直、俺も納得はしてないんだ。ただ、冴香の態度が時々冷たいのは、俺も薄々感じてた。こないだ山形に行ったばかりだからな。いきなり距離を置こうって言われてびっくりしたけど、もともと……上手くいってなかったのかもな」 薫は樹に話しながら、ちょっと冷えた頭で、これまでのことを思い返していた。 冴香は、勉強漬けでそういう方面には疎かった自分に、初めて出来た彼女だった。浮かれているつもりはなかったが、やっぱりちょっと浮かれていたのかもしれない。 冴香の気持ちが分からないと不満ばかりつのらせていたが、薫自身、冴香のことを深く考えていただろうか。彼女の気持ちを分かろうと努力してきたか? いや。そもそも自分は冴香のことを、本当に好きだったのだろうか。 好ましいとはもちろん思っていた。ただ、考え方や好みや価値観が、随分自分とは違うな……とも感じていた。そのちょっとした違和感を、見ないフリしてやり過ごしてはいなかったか。自分は彼女のことを、ちゃんと見ていたんだろうか。彼女が何を求め、自分も彼女に何を求めていたのか。こうして改めて考えてみると、よく分からなくなってくる。 樹がムキになって怒ってくれたのを見て、薫はなんとなく気づいてしまった。 距離を置こうと突然言われて、自分はたしかに凄く動揺した。けれどそれは、冴香を失うかもしれないというショックではなかった……かもしれない。恋人が自分から去っていくことへの動揺であって、彼女自身が何故そんなことを言うのかは……そんなに重要じゃなかった気がする。 だから、声を荒げて彼女に理由を問い質すことはしなかった。もちろん追いすがったりも。 物わかりのいい男を演じて、早々にその場を立ち去った。 ムキになるのは格好悪いと……思ってしまった。 薫は難しい顔をして、考え込んでしまった。 (……僕が余計なことをしようとしたから、怒っちゃったのかもしれない) でも樹は、凄く腹が立ったのだ。冴香が義兄を大切にしてくれないことに。 樹にとって義兄は、誰よりも大切な人だ。たとえ自分の想いを伝えられない人だとしても、義兄が幸せなら、我慢出来る。ほんとうはつらいけど。 義兄に愛されて大切にされているのに。自分がどんなに望んでも叶わないものを、冴香は手に入れているのに。それをそんなにも簡単に手放してしまえるなんて。 「樹。おまえの気持ちはすごく嬉しいよ。冴香のことはもう1度よく考えて、俺の方から彼女に聞いてみる。だからおまえはもう気にするな。つまんない愚痴言って、ほんと悪かったな」 しばらく無言だった薫が、さっきより明るい声でそう言った。樹が顔をあげると、薫はちょっと照れ臭そうな表情で、こちらを見ている。樹はドキドキして慌てて目を逸らした。 「別に、謝んなくていいし」 「それよりな。おまえのことだ、樹」 「え……」 「おまえを助けてくれた、その月城って人だよ。1度会ってきちんとお礼が言いたいんだ。会わせてくれないか?」 (……え……。えぇ……っ?)

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