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碧い兎4
(……何、言ってるんだ、俺は。まるで支離滅裂じゃないか)
そっぽを向いて口を閉ざしてしまった樹を、どうにか説得しようと、あれこれ考えているうちに、どんどん熱くなってしまった。
家出の理由を樹が答えた時、その答えに今更ショックを受けている自分に、腹が立った。
樹の言う事は当然だ。親の都合で、本人が望んだわけでもないのに、新しい家族が出来て、戸惑いと不満を抱えていたのは、自分だけじゃなかったのだ。自分だけが被害者面で、同じ立場の樹の気持ちに、思いが至らなかったなんて…情けなさ過ぎる。
樹の話を聞きながら、彼が家に来た時の、自分の態度を思い出していた。今考えると、なんてガキ臭いことしてたんだと、本気で自分を殴ってやりたい。ただでさえ不安だった樹は、自分の冷たい態度にどれだけ傷ついただろう。その上、自分だけ逃げたのだ。あの息の詰まる家から。残される弟のことなど少しも考えずに。
(……ああ……くそっ。最悪だ)
拗ねたような顔で、あの家は居心地が悪いと言う樹を見て、薫は罪悪感と後悔で、胸がいっぱいになっていた。
樹の気持ちが分かった以上、自分に出来ることはしてやりたい。
まずは、父さんと樹の母親に会って話をするか。
いや、その前にもう1つ、今一番気がかりな点を、樹に確認しておこう。
薫は樹に聞いてみることにした。月城のことだ。
樹は恋人だと言ったが、実際本人に会ってみて、月城自身にそこまでの気持ちがあるとは、到底思えなかった。自宅に居場所がなくて、ふらふら出歩いていた樹を、迷い猫でも保護するように構っていただけに違いない。歳も離れているし、なにしろ男同士なのだ。樹は年齢の割に大人びて見えるし、ちょっとどきっとするほど綺麗な子だから、構っているうちについ、手を出してしまったんだろうか。
ふと、樹の首筋や肩についていた、生々しい吸い痕が脳裏によみがえってきた。ついでに、月城と樹がそういう行為をしているシーンが浮かんできて、薫は慌てて首を横に振った。
(……あれはダメだろう。どう考えてもあれはマズい。やっぱりあの月城って男、1発殴ってやるべきだったか)
樹の涙で気が動転して、すっかり吹き飛んでしまっていた怒りが、またフツフツとよみがえってきた。
「樹。おまえ、月城のこと、恋人だって言ったよな。あいつのことが、そんなに好きか?」
「……それは……。言いたくない。プライバシーの侵害じゃん」
(……それはそうだ。これはすごくプライベートな質問で、樹には当然、黙秘権がある)
それは……そうなのだが……。
目の前でまた、がしゃんと扉が閉められてしまった気がした。
なんなんだ?
自分は今、ものすごくショックを受けてるらしい。冴香の時ももちろんショックだったが、こんなに酷くはなかった気がする。
何かでガツンと殴られたような感じで、なんだか頭の中がぐわんぐわんしている。
(……落ち着けよ、俺。
ちょっと冷静になれ)
だいたい、なんでこんなにムキになっているんだ?
いや。心配だからに決まってる。樹はまだ子供だし、可愛い弟だ。あんな得体の知れない男に、好き勝手されていいはずがない。ムキになって当然だろう。
胸の奥がむかむかする。したり顔で意味深なことを言って、去っていった月城の顔が浮かんできて、いらいらする。
頭の中の自分が、頭を冷やせと言ってる気がしたが、薫の口は勝手に動いて、止まらなくなっていた。
何か言う度に、樹が呆れ顔になっていく。
(……どうして伝わらない? 俺はこんなにもおまえのことを……)
「もう月城には会うな」
その言葉に、樹は焦った様子ですぐさま答えた。
「っそんなの、無理だよっ」
(……無理? どうしてだ。おまえはそんなに、あいつの方が好きなのか?……俺よりも?
いや。ダメだ。あんな胡散臭い男に大事な樹は渡せない。樹は俺が守ってやる)
「月城とは別れろ。おまえが寂しいなら、俺がそばにいる。あいつの分もずっとそばにいてやるから。なんなら兄さんがおまえの恋人になってやる。だからあんな男とは別れてくれ。頼むよ、樹」
薫は困惑している樹の身体を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
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