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蒼い月6
「……樹……っ」
急に顔を歪めた薫が、がばっと抱きついてきた。樹は殴られるのかと思って、どきっとして身構えた。もちろん、薫は殴ったりはしなかった。でも身体をぎゅうぎゅうに抱き締めてきて、樹は胸に顔を埋めた状態になって、息が苦しくなった。
(……っなに? なんで? え、どうなってるの?)
「樹、月城のマンションの場所、兄さんに教えろ。兄さん今からあいつを、殴りに行ってやる」
押し殺したような薫の声。
(……やっぱり義兄さん、怒ってる。でも僕にじゃなくて、月城さんに……?)
あれ? なんで? どうしてまた、月城さんを殴るって話に戻るんだろ?
樹の頭はすっかり混乱していた。恋人なら、他に何をすればいいんだ? と薫が聞くから、自分なりに一生懸命考えて答えたつもりだったのに、なんでまた、月城さんに対して怒り出したのだろう。
樹はもがいて、何とか薫の胸から顔を出して、呼吸を確保した。目が合うと、薫はすごく哀しそうな顔していて
「樹。おまえはやっぱりあの男に騙されているんだ。あいつがまともな人間なら、中学生相手にそんなことするはずがない」
(……そんなことって……どんなこと? 恋人になって、デートしたりするってこと?)
「おまえ、身体は大丈夫なのか? 痛かったり苦しいとか、ないのか? 月城とそういう関係になったのって、春ぐらいだったよな?」
「え……うん」
「何回ぐらい会ってるんだ?」
「え……。えっと。最近は週1回ぐらいだよ。金、土は泊まったりしてたし」
「週1回っ? 毎週か?」
(……週に1回ペース? そんなに月城に会ってるのか……)
そんなに頻繁に会っているというのは予想外だった。それなら自分より月城と会う機会の方が多い。
家に居場所がなくて仕方なくなのだろうが、これは何としても止めさせないと。
しかし……。
キス以上のことまでしていた月城の代わりが、自分に出来るのか?
というかそもそも、樹は月城にされてることが、嫌じゃなかったんだろうか。
樹の、キスだけじゃ恋人とは言えない発言は、つまり月城と同じことをしないと、恋人とは認めないってことなわけで。しかも、冴香にしてたのと同じことをすれば恋人って言われても。
胸元からひょこっと顔をあげて、不安そうに瞳を揺らす樹。まるで小動物みたいな愛らしさだが、この可愛い子どもが突きつけてくる要求は、ちょっとハードルが高すぎる。
子ども相手とは言えない濃厚なキスの後、白い肌にキスマークをつけまくって、うっかり欲情してしまったのは事実だ。でもその先の行為ってのは……。
(……いやいや。落ち着けよ、俺。ちょっと頭冷やして冷静になれ。
そもそも、中学生で大人の男に抱かれていた点が異常なわけで、樹はそれが普通だと思い込んでるだけかもしれない。だとしたら、俺は兄として、弟を真っ当な道に戻してやる必要がある。そうだ、それだ。まずは月城に会うのを止めさせて……)
「ねえ、兄さん、やっぱり兄さんは、俺の恋人にはなれないよ。月城さんの代わりなんて、無理。だからもういいよ。俺のことなんかほっといてよ」
樹の沈んだ声が、薫の焦りに追い討ちをかける。
「……っだめだっ。あいつに会うのは、兄さん許さないぞ。大切なおまえを、これ以上好き勝手されて溜まるか」
「だって」
樹の顔が歪んだ。
(……うわ……泣きそうだ。ど、どうすればいい?)
「分かった。兄さん、おまえに嘘はつかないって言っただろ? ちゃんと覚悟決めて、今からおまえの恋人になる」
薫は妙に追い詰められた気分で、焦ってそう宣言すると、まだ何か反論しかける樹の唇を、強引に奪った。
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