135 / 448
蒼い月10
樹が突然、大粒の涙をぽろぽろ零し始めた。薫は心臓が止まるくらい驚いた。
(……なっっ。どうして泣く?!)
樹の反応を確認してホッとしたのも束の間、薫は慌てて樹のものから手を離した。樹はぽろぽろと泣きながら、痙攣でも起こしたようにしゃくりあげている。
(……何故だ? どうして急に泣き出した?)
「……ど、どうした?! 痛かったのか?」
いきなり握ったせいなのか? 強くしたつもりはなかったが、ここは男の急所だ。力加減を間違えて、痛くしてしまったんだろうか?
慌てて樹の顔を覗き込むと、樹はますます顔を歪めて、腕を伸ばして抱きついてきた。
「嫌いに、なんないでっっ」
(……っ??)
「俺っ病気っ変な病気、だからっひぃっく……兄さん、軽蔑、しないでっ、治す、から、俺っ」
しゃくりあげながら、まるで片言のように喋る樹の、言ってることがさっぱり分からない。
(……病気? なんだ、何を言ってる?)
「樹、落ち着け。おまえ、何言ってるんだ? 病気って」
「俺、変に、なっちゃう、病気だからっ。でも、治すからっ」
「変になっちゃうって何がだ? 病気ってどんな病気だ? どっか痛いのか? 苦しいのか?」
樹の顔を覗き込もうとするが、ものすごい力でしがみついて離れない。薫は途方に暮れて、樹の身体を抱き締めながら、ゆるゆると揺さぶった。
「なあ、樹? 兄さんに話してみろ。どこが痛い? おまえの、強く握りすぎたのか?」
樹はひっくひっく泣きながら、首を横に振る。何か、もごもご言ってるようだが、まるで言葉になっていない。
(……困った……)
薫は樹をしっかり抱きかかえ直し、背中を優しくさすった。とりあえず、落ち着かせるしかない。
ひとしきり泣きじゃくり、だいぶ落ち着いてきた頃合に、薫はもう1度恐る恐る声をかけた。
「樹。落ち着いたか?」
腕の中の樹がこくんと頷く。
「なんで泣いた? ……いや、責めてるんじゃないぞ。理由、教えてくれるか? おまえさっき、病気がどうとか言ってたが」
樹はぐすっぐすっと鼻を啜り、しばらく沈黙していたが、やがておずおずと顔をあげた。
(……うわ。目も鼻も真っ赤だ)
目が合うと、樹はバツが悪そうに目を逸らし
「ごめ……なさい……っ」
「ばかだな。謝るなよ。兄さん、力強すぎたか? 痛かったんだろう?」
「……ち……がう」
「じゃあ、どうしたんだ? いきなり触ったから、びっくりしたか?」
樹は潤んだ目で睨むと
「兄さんに、触られたく、なかった」
「……っ」
(……ショックだった。樹が突然大泣きしたのは、俺に触られて気持ち悪かったってことか? 泣くほど嫌だったってことなのか?)
樹の言葉が頭の中でリフレインしている。ちょっと……立ち直れない衝撃だ。
「……そうか……。俺に触られるのは、嫌か」
たしかに、ちょっと調子に乗りすぎたのかもしれない。樹の反応があまりに可愛かったから、つい夢中になってしまったが、これでは樹に手を出した月城と同じだ。月城に妙な対抗意識を燃やした挙句、樹の気持ちも考えずに、また暴走してしまったらしい。
(……というか、樹は月城に抱かれてたんだよな? 当然、さっき俺がしたみたいに、あそこを触られたりしてたんじゃないのか? ……いや。男同士でする時は、あれを触ったりはしないものなのか? それとも……
月城に触られるのはいいけど、俺では嫌だって……ことなのか?)
義兄に、この身体が変だということが、知られてしまった。薫にだけは、この身体が淫乱で恥ずかしい病気だということは、バレたくなかったのに。
(……僕がいけないんだ。義兄さんとのキスが気持ち良くて幸せで、つい夢中になっちゃって、気付かれないようにするの、すっかり忘れてた。
義兄さん、きっと驚いたよね。変なヤツだって思ったよね。気持ち悪いって……思ったかな。大切って言ってくれたのに。呆れちゃってる……よね)
さっきあんなにいっぱい泣いたのに、また涙が滲んでくる。
ともだちにシェアしよう!