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蒼い月10

樹が突然、大粒の涙をぽろぽろ零し始めた。薫は心臓が止まるくらい驚いた。 (……なっっ。どうして泣く?!) 樹の反応を確認してホッとしたのも束の間、薫は慌てて樹のものから手を離した。樹はぽろぽろと泣きながら、痙攣でも起こしたようにしゃくりあげている。 (……何故だ? どうして急に泣き出した?) 「……ど、どうした?! 痛かったのか?」 いきなり握ったせいなのか‍? 強くしたつもりはなかったが、ここは男の急所だ。力加減を間違えて、痛くしてしまったんだろうか? 慌てて樹の顔を覗き込むと、樹はますます顔を歪めて、腕を伸ばして抱きついてきた。 「嫌いに、なんないでっっ」 (……っ??) 「俺っ病気っ変な病気、だからっひぃっく……兄さん、軽蔑、しないでっ、治す、から、俺っ」 しゃくりあげながら、まるで片言のように喋る樹の、言ってることがさっぱり分からない。 (……病気? なんだ、何を言ってる?) 「樹、落ち着け。おまえ、何言ってるんだ? 病気って」 「俺、変に、なっちゃう、病気だからっ。でも、治すからっ」 「変になっちゃうって何がだ? 病気ってどんな病気だ? どっか痛いのか? 苦しいのか?」 樹の顔を覗き込もうとするが、ものすごい力でしがみついて離れない。薫は途方に暮れて、樹の身体を抱き締めながら、ゆるゆると揺さぶった。 「なあ、樹? 兄さんに話してみろ。どこが痛い? おまえの、強く握りすぎたのか?」 樹はひっくひっく泣きながら、首を横に振る。何か、もごもご言ってるようだが、まるで言葉になっていない。 (……困った……) 薫は樹をしっかり抱きかかえ直し、背中を優しくさすった。とりあえず、落ち着かせるしかない。 ひとしきり泣きじゃくり、だいぶ落ち着いてきた頃合に、薫はもう1度恐る恐る声をかけた。 「樹。落ち着いたか?」 腕の中の樹がこくんと頷く。 「なんで泣いた? ……いや、責めてるんじゃないぞ。理由、教えてくれるか? おまえさっき、病気がどうとか言ってたが」 樹はぐすっぐすっと鼻を啜り、しばらく沈黙していたが、やがておずおずと顔をあげた。 (……うわ。目も鼻も真っ赤だ) 目が合うと、樹はバツが悪そうに目を逸らし 「ごめ……なさい……っ」 「ばかだな。謝るなよ。兄さん、力強すぎたか? 痛かったんだろう?」 「……ち……がう」 「じゃあ、どうしたんだ? いきなり触ったから、びっくりしたか?」 樹は潤んだ目で睨むと 「兄さんに、触られたく、なかった」 「……っ」 (……ショックだった。樹が突然大泣きしたのは、俺に触られて気持ち悪かったってことか? 泣くほど嫌だったってことなのか?) 樹の言葉が頭の中でリフレインしている。ちょっと……立ち直れない衝撃だ。 「……そうか……。俺に触られるのは、嫌か」 たしかに、ちょっと調子に乗りすぎたのかもしれない。樹の反応があまりに可愛かったから、つい夢中になってしまったが、これでは樹に手を出した月城と同じだ。月城に妙な対抗意識を燃やした挙句、樹の気持ちも考えずに、また暴走してしまったらしい。 (……というか、樹は月城に抱かれてたんだよな? 当然、さっき俺がしたみたいに、あそこを触られたりしてたんじゃないのか? ……いや。男同士でする時は、あれを触ったりはしないものなのか? それとも…… 月城に触られるのはいいけど、俺では嫌だって……ことなのか?) 義兄に、この身体が変だということが、知られてしまった。薫にだけは、この身体が淫乱で恥ずかしい病気だということは、バレたくなかったのに。 (……僕がいけないんだ。義兄さんとのキスが気持ち良くて幸せで、つい夢中になっちゃって、気付かれないようにするの、すっかり忘れてた。 義兄さん、きっと驚いたよね。変なヤツだって思ったよね。気持ち悪いって……思ったかな。大切って言ってくれたのに。呆れちゃってる……よね) さっきあんなにいっぱい泣いたのに、また涙が滲んでくる。

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