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恋の予感3
「冴香さん、何……してんの?」
大きなバッグを抱えて、冴香はドアの外に立っていた。義兄に会いに来たのなら、玄関のベルを鳴らせばいいのに。
「薫、留守だと思ってたわ。下に車なかったから。……今、いるの?」
「いないよ。スーパーに、買い物行ってる」
冴香は、何だかぼんやりした顔で樹を見つめて
「そう……。じゃあ君はお留守番なのね」
冴香はそう言って力なく笑うと、持っているバッグに目を落とした。
「これ、ね。薫がうちに置いてた着替えとか。洗って仕舞ったままになってたから。……薫に、渡してくれる?」
樹は冴香の顔とバッグを見比べて
「義兄さん、もうすぐ帰ると思う。中で待ってれば……」
「いいの。もともと会うつもり、なかったから」
冴香は樹の言葉を遮って、首を横に振ると、バッグを差し出した。
(……どうしよう。これ、受け取った方がいいのかな。……ううん。義兄さん帰るまで、待ってもらった方がいいよね。冴香さん、何だか顔色悪い気がするし……)
「自分で、渡した方が、いいと思う。冴香さん、中、入って」
樹の言葉に、冴香さんは考え込むような顔になり
「会わないわ。いいの。私がいたらお邪魔でしょ?」
そう言って真っ直ぐに樹を見た。
(……?……なんだろ。冴香さん、何か怖い顔……してる……?)
「……邪魔って……なんで」
冴香は急に樹に近寄って
「ねえ、樹くん。その首のとこの痣、どうしてついたの?」
「え……」
きつい目をした冴香が樹の首筋を凝視してる。
(……痣……?……あっ)
樹は慌てて首筋に手をあてた。
「それ、キスマークよね? 樹くん」
「あ……っや、えっと」
冴香は、はぁ~っとため息をつくと
「やっぱり君って、薫とそういう関係なのね。まさかって思ってたけど」
「ちっ……ちが……」
冴香は顔を歪めて後ずさると
「薫から聞いたでしょ? 私たち、距離を置くことにしたから。これで君の望み通りになったのよね。薫とどうぞお幸せに。私、そういうの、ちょっと信じられないし、生理的に無理だから」
冴香は樹の返事を一方的に遮ると、樹の手にバッグを押し付けて逃げるように去っていった。
「……」
冴香が降りていった階段の方を見つめて、樹はしばらく呆然としていた。あまりにも突然の冴香の言葉に、頭の中が真っ白だ。
(……え……。なにこれ。どうして)
『やっぱり君って、薫とそういう関係なのね。まさかって思ってたけど』
蔑むような冴香の声、表情。樹の言うことを聞こうともしないで、逃げるように帰ってしまった。
(…………僕の……せい? ……義兄さんが冴香さんと別れたの。
……え……でも……でも待って。この痣はたしかに義兄さんにつけられたものだけど、冴香さんが義兄さんに別れるって言ったの、その前だよね?)
考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。樹はバッグを両手で持ったまま、よろけるように後ずさった。ドアがばたんと閉まる。樹はへなへなと上がり框に座り込んだ。
(……どうしよう……。義兄さんに何て言おう。冴香さん、怒ってた。やっぱり僕のせいなのかな)
さっきまでのうきうきした気分は吹き飛んでいた。自分のせいで、薫に嫌な思いをさせている。また…迷惑をかけている。
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