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恋の予感9
夢の中で跪き、猛りたったものを咥えて、上目遣いでうっとりと見上げていた樹の色っぽい表情と、目の前の樹の顔が重なる。
薫はごくり……と唾を飲み込んだ。
そろそろと手を伸ばし、樹の頬に触れようとした。
「痛い? 義兄さん」
樹は唐突に口を離し、指先の傷をしげしげと見つめる。
薫は白昼夢からはっと我に返って、慌てて手を引っ込め
「あ。いや、あー……大丈夫だ。かすっただけだからな」
喉に痰が絡まったみたいに、声を出すのに苦労した。樹はまた上目遣いで顔を見上げ
「絆創膏、ある?」
「ん? あー…ええっと、救急箱が……俺の勉強机の脇の棚に」
しどろもどろな答えに、樹は頷いて、薫の手を離すと部屋の方へ行ってしまった。
「はぁぁ……」
薫は無意識に詰めていた息を吐き出した。妙な脱力感に、その場にへたりこんでしまいそうだ。
(……ダメだろう。あんな誘惑するような顔は。ついまたキスしようとしてしまったじゃないか。……いや。ダメなのは、俺の方か。樹は俺の怪我を心配してくれただけじゃないか。俺が勝手に変な妄想に陥っただけだ)
うっかり見てしまった妖しい淫夢の記憶に、ずっと引きずられている。本当にどうしてしまったというのだ。
(……とにかく深呼吸だ。気を静めろ。夢のことは忘れてしまうんだ)
薫が息を吸ったり吐いたりしていると、樹が絆創膏を手に戻ってきた。手際よく指先に巻いてくれると
「傷、開いちゃうから、義兄さん、向こうで大人しくしてて。俺、残り作っちゃうから」
「あ……ああ……悪いな」
なんだか自分が情けなくなって思わず暗い声が出た。部屋の方に戻ろうとしたら、樹が下から覗き込み
「ありがと、兄さん。一緒に作ってくれて……楽しかった」
ぼそっとそう言ってぎこちなく笑うと、すぐに照れたようにそっぽを向く。
「あ……ああ。俺もだ。またいろいろ教えてくれな」
薫は怪我してない方の手で、樹の頭をぽんぽんと撫でると、部屋の方へ歩いて行った。
ベッドにどさっと腰をおろす。必死に静めたはずの心臓が、またドキドキ脈打っている。
(……樹は俺をキュン死させるつもりなのか。
……ああ。分かってる。樹にそんなつもりはないことは。俺が勝手に妄想して、勝手に狼狽えまくってるだけだ。
……でも、あいつはやっぱり罪作りだよな)
さっきの上目遣いといい、ぎこちなく笑ってそっぽを向く仕草といい、樹の態度はこちらの予想をいい意味でいつも裏切るから、薫はそのギャップに振り回されっぱなしだ。
今朝目が覚めて、夢の残像を目の前で眠る樹に重ねていた時に、もう分かってしまった。いけないことだと何度も打ち消してみたが、どうしようもない。
樹のことが好きだ。この好きは、家族への親愛というだけではなく……おそらく性的な意味も含めての好き、なのか。
自分は樹に恋をしている。出来ればあの夢のように……樹を抱きたいとさえ……思っているらしい。
そう認めてしまえば、いろいろと納得出来る。樹を抱いたであろう月城という男への、煮えくり返るような激しい嫉妬も。
薫はため息をついて、そのままベッドに倒れ込んだ。
恋愛で悩むなんて女子のすることだと思っていた。20歳も過ぎた今になって、自分がこんな感情を持て余すことになるなんて……。
いや、感情だけならまだしも、この邪な欲情を、まだ幼い義弟に向けるのは本気で拙い。
さっき指を咥えられて動揺したのは心だけじゃない。上目遣いの樹の愛らしい表情に、ズキンと痛むほどの激しい疼きを下腹に感じた。正直、勃ってしまったのだ。
「最悪だろ……」
薫は両手で顔を隠して、また大きくため息を吐き出した。
(……やっぱり僕が包丁を使えば良かったな。指の怪我、たいしたことなくてよかった……)
樹は台所に1人残って、野菜炒めとおにぎりを作った。
これでお弁当は完成だ。棚から大きめのタッパーを3個取り出して、おかずとおにぎりを詰め込んだ。
(……義兄さんとデート。お弁当持って動物園かぁ。すごいな……本当の恋人同士みたいだ……)
勝手に顔がにやけてしまうのを、何回もこらえながら、台所の後片付けを済ませると、樹はわくわくしながら、薫の待つ部屋へと移動した。
「兄さん。お弁当、出来た」
樹が声をかけると、ベッドに寝そべっていた薫が、慌てたように身体を起こした。
「お。そうか。ありがとな、樹」
薫はそう言って、くいくいっと手招きする。樹がおずおずと側までいくと、薫は腕を掴んで、ぐいっと引っ張った。バランスを崩して倒れ込んだ身体を、薫はぎゅーっと抱き締めてくれて
「よし。じゃあ樹の作ってくれた弁当持って、デートに出掛けるか」
薫は優しく微笑んで、唇にちゅっとキスしてくれた。
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