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想いの行く先2
「そろそろ昼飯、食うか?」
柵にかじりついて、キリンの親子の姿を食い入るように見つめている樹に声をかける。
振り返った樹は頬を少し紅潮させて、どきっとするような可愛い笑顔を見せてくれた。
「好きなんだな、動物」
薫が笑いながらそう言うと、樹は目を逸らし
「うん。好き。俺……ほんとは犬とか猫、飼いたいんだ。でも母さん、ダメって」
「ああ……。父さんが、大の動物嫌いだからな」
薫も小さい頃、犬を飼いたいとねだったことがある。母は賛成してくれたが、父は絶対に駄目だと許してくれなかった。動物アレルギーなのだ。
「アパートでは飼えなかったから……」
「そっか。じゃあ将来庭つきの一戸建てで犬か猫、飼うか?」
その言葉に樹は目を丸くして
「将来って……。兄さんってやっぱ変だ。それだと将来、俺と一緒に住むみたいじゃん」
くすっと笑う樹の顔がいつもよりふんわり柔らかい。薫も思わず笑いながら
「先のことは分からないさ。もしかしたら俺もおまえもお互い独身のまま、俺の設計した家に一緒に住むかもしれないぞ?」
薫の軽口に、樹は何故か一瞬顔を顰めて、ぷいっとそっぽを向くと
「兄さん、お弁当。そっちの俺持つ。貸して」
薫の手から荷物をひとつ取り上げると、さっさと歩き出した。
「あ。やっぱり上手いな、この唐揚げ」
薫は顔を綻ばせて、おにぎり片手に唐揚げを頬張る。食べている時の薫の、この子どもみたいな顔が見たくて、樹は一生懸命に料理を覚えているのだ。
陽射しはちょっときついけど、風があって心地いい。
薫と過ごせる穏やかで幸せな時間を、樹は卵焼きと一緒に噛み締めた。
結構たくさん作ったおかずを、薫は上手い上手いとぺろりと平らげると、敷物の上にごろんと横になった。
「食べてすぐ寝ると、牛になるよ」
「はは。おまえ、母さんと同じこと言うな。いいからちょっと膝をかせよ」
「え……」
「恋人同士の定番だろう? 膝枕。……嫌か?」
(……恋人同士の、定番……)
樹は周りを見回してから、薫の顔を見下ろした。薫は悪戯そうな顔をして笑っている。
「……それ、冴香さんにも……してもらった?」
「ん? ……うーん。あいつはアウトドアは好きじゃなかったからな。そう言えばしてもらったこと、ないな」
(……わ。冴香さんにも、してもらったこと、ないんだ……)
「……して……欲しい?」
「いや、おまえが嫌なら」
「俺、して、あげる」
思わず勢い込んで言葉を遮った樹に、薫はちょっと目を丸くしてから微笑み、膝の上に頭を乗せた。
「重かったらすぐ言えよ」
薫は満足そうな表情でそう言うと、目を瞑った。
薫の重みと温かさが、膝に伝わってくる。
(……恋人同士の、定番かぁ……)
樹はなんだか無性に嬉しくて、眠る薫の端整な顔を、ずーっと見つめていた。
すごくいい夢を見ていた気がする。
薫が目を開けると、顔を覗き込んでいる樹と目が合った。樹はバツが悪そうに頭をあげ
「義兄さん、寝過ぎ」
そう言って薫の頭をぺしっと叩く。
「ああ。悪かったな。気持ちよくて熟睡してた」
薫が慌てて身体を起こすと、樹はもじもじと足を崩した。
「そろそろ次のエリアに行くか」
薫が立ち上がって荷物をまとめても、樹は投げ出した足をさすりながら顔を顰めてる。
「どうした?」
「……足……痺れてる。感覚、ない」
「おいおい。痺れてたんなら、早く言えよ」
薫が手を差し伸べると、樹はよろよろしながら立ち上がりかけ
「わっ。じんじん、する~」
情けない声をあげて、またへたりこんだ。薫は樹の足をつつき
「痛いか? これ」
「待って、触んないで、兄さんのバカっ。うわぁ……」
ずっと正座したまま、頭を乗せていたのだ。そりゃあ、痺れて当然だ。
涙目で抗議する樹の表情が、すごく可愛い。薫がかがみ込んで、素早く樹の唇にちゅっとすると、樹は零れ落ちそうなほど目を見開き、手で口を覆った。耳まで真っ赤になっている。
「ばっ。バッカじゃねーの? 兄さん。ここ、外だしっ」
「誰も見てないさ。それより足の痺れ、治ったか?」
樹は足を擦り合わせてしばらくもじもじしてから、もう1度恐る恐る立ち上がった。
やたらと周りを気にして尻込みする樹の手をがっつり握って、薫は次のエリアへと向かった。
なんだか自分が妙に浮かれている自覚はあったが、薫は樹とのデートを満喫していた。
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