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第20章.月夜の秘めごと1
駐車場に車を入れて、ドアを開ける。
途中でコンビニに寄って、飯やデザートを買おうか悩んだが、それよりもまず、樹に会いたかった。
車に鍵をかけて階段に向かう。どうしてこんなに心が弾んでいるのか、自分でもよく分からない。
階段を2段飛ばしで駆け上がって踊り場に出ると、自分の部屋の前に人影が見えた。
(……お。樹か)
薫は我知らず頬をゆるませ、急いで駆け寄ろうとして……足が止まった。
(……? 違うな……樹じゃない)
部屋のドアに寄り掛かっているのは、樹ではない。
遠目には背格好がよく似てる気がしたが、どう見てもあれは……女の子だ。
(……誰だ……?)
黒地に小さな花の柄の、裾がふわふわしたワンピース。その上に短い丈のカーディガンを羽織っている。
髪の色は樹に似ているが、肩までと長く、毛先がくるくるしている。
女の子のファッションはよく分からないが、物凄く可憐な雰囲気の少女だということは自分にも分かる。
薫は立ち止まり、いったん周りを見回した。ここは間違いなく自分のアパートで、この階のあの場所は、やっぱり自分の部屋で間違いはない。
(……どうして……女の子が……?)
不意にドアの前の人影が動いた。ドアから身体を起こし、こちらをじっと見つめてくる。
「……兄さん……?」
(……っ!?!)
薫はびっくりして仰け反った。目の前の、明らかに可愛らしい少女が、自分のことを呼んだ。
樹の声で「兄さん」と。
「……っい……樹……か?」
思わず上擦ってしまった問いかけに、少女は……いや、樹はこくんと頷いた。
薫は呆然としながら歩み寄り、小首を傾げて見上げる少女の……いや、樹の顔をまじまじと見つめた。
目の前の人物は間違いなく少女にしか見えないが、顔は確かに樹だった。双子の妹だと言われれば即、納得出来る。だが……
「っほんとに……おまえ、樹なのか?」
不思議そうに首を傾げていた樹が、ああっというような顔をして、自分の身体を見下ろした。
「……うん……俺。樹だよ、兄さん。……驚いた?」
そう言って顔をあげ、大きな瞳で見上げてくる。その目がいつもよりキラキラして、悪戯っぽそうな色を滲ませている。
薫は、無意識に詰めていた息を吐き出した。
「おいおい。驚かすなよ~。何のドッキリかと思っただろう。おまえ、どうして女装なんか……いや、すごく似合ってるぞ。可愛いけどな」
薫はまだ半分信じられない気分で、恐る恐る樹に近寄ると、手を伸ばして髪の毛に触れた。
「これ、ウィッグか?」
「……うん」
薫はかがみ込んで、樹の顔をじっくりと見た。変身はウィッグと服だけで、化粧なんかはしていないように見える。
もともと、初めてここで会った時も、男か女かすぐには見分けがつかなかった位だ。こんな格好をされたら、完璧に少女だろう。……しかもとびきりの美少女だ。
「うーん……驚いた。どこからどう見ても可愛い女の子だな」
感心して唸りながらそう言うと、樹はちょっと嬉しそうにはにかみ
「そう……。俺、ちゃんと女の子に見えるんだ」
そう言って、スカートの裾を揺らして見せる。樹のその満更でもない様子に、薫は軽くショックを受けていた。
(……ええと……。つまり樹は……女装……趣味……ってことか? ……いや。そう言えばこないだ、男の人が好きなんだと思うって言ってたよな?
それは要するに、ゲイだとかの性的指向の問題じゃなくて、身体は男だけど心は女の子っていう……あっちの方なのか?)
薫はそういう方面に知識はないし、知り合いもいない。別に特に偏見があるわけじゃないが、樹は見た目と違って中身はごく普通に男の子な感じだったから、今のこの反応はすごく意外な気がしたのだ。むしろ、女の子の格好してみろなんて冗談でも言ったら、怒るんじゃないかと思っていた。
(……うーん。分からないもんだな)
薫が黙り込み、しばらくぼんやりと樹を見つめていると、樹が急に表情を曇らせた。
「……やっぱ……変? この格好」
「ん? いや、全然変じゃないぞ。それよりこんな所でいつまでも突っ立ってるのも何だな。とりあえず、部屋に入ろう」
階段の方から足音が聞こえて、薫は慌てて部屋の鍵を開けると、樹の腕を引っ張って中に入った。
別に、訪ねてきた義弟を部屋に入れるだけで、何も疚しいことはないのだが、樹の格好が格好だけに、妙な気分だった。
(…….いや。これは、俺の義弟だから。ロリコンとか犯罪とかじゃなくて)
などと、心の中で誰にともなく言い訳している自分がいる。
(……こらこら、落ち着け。テンパりすぎだ)
玄関ドアを施錠すると、樹の背中を押して
「部屋行って、明るい所で見せてみろよ」
樹は促されて靴を脱ぎ( ちなみに靴は、男女どちらでも問題なさそうな、ハイカットなデザインのスニーカーだった )、先に居間に入った。
灯りをつけて、薫はもう1度まじまじと樹の全身を眺めた。
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