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月夜の秘めごと2

(……うん。完璧に女の子だな。しかもどっかの雑誌から抜け出てきたみたいな、ものすごい美少女じゃないか) 疚しさは微塵もないはずなのに、何だか胸がドキドキする。 樹は自分の視線が面映ゆいのか、いつもの無表情に戻って、ぷいっと目を逸らした。 「そんな、じっと見んな」 「あぁ……悪い。だけどおまえってビックリ箱みたいなヤツだな。カツラとかその服、前から持ってたのか?」 薫の質問に樹は首を傾げ 「……うん……まあね」 「好きなのか? 女の子の格好するのが」 樹はなんだかむっとした顔になり、ちらっと睨んだ。 「もしかして、変なヤツ……って思ってんの‍?」 「いーや。思ってないよ。どんな格好してても、おまえはおまえだからな」 薫はちょっと拗ねている樹に近寄ると、両手で樹の顔をそっと包んだ。 「可愛いよ、樹。すごくよく似合ってる」 樹は大きな目を更に見開き、じーっと見つめて 「俺、兄さんと、デ……デートするなら、この格好の方がいいかなって……思ったんだ。手とか繋いでても、俺が女の格好してる方が自然じゃん」 (……なるほど。こないだの動物園の時のこと、気にしてるのか? まあ、たしかに男同士で手を繋いでいるよりは…… ……いや、待てよ?) 薫は目の前の美少女と、手を繋いで歩いている自分を想像してみた。 (……………………。 ……いやいや。自然か‍? どう見ても俺はロリコンだろ。樹がもう少し大人っぽく見えれば、俺とも釣り合うんだろうが……) 薫は手を離して、改めて樹の全身を眺めた。目の前の少女は明らかに中学生で、どう頑張っても高校生にすら見えない。 化粧でもすれば、少しは大人びて見えるのだろうが……。 黙ってこちらを見ていた樹が、表情を曇らせた。 「この格好じゃ、やっぱ、だめ‍?」 「うーん……。ダメじゃないんだけどな。俺とだと歳の差がありすぎるのかもな」 薫の言葉に樹はショックを受けたようで、慌ててクローゼットのドアについている姿見の前に飛んでいった。 鏡に自分の全身を映して、前や横、後ろと、くるくる回りながら、チェックしている。 やがて眉をぎゅっと寄せて振り返り 「……もっと……大人っぽい服にすれば良かった……」 そう呟いて、ふくれっ面になった。 (……いや。そういう問題ではない気がするんだが……) 薫は内心突っ込んでみたが、これ以上樹を凹ませるのも可哀想だから、口には出さないでおいた。 「そうか。樹は俺とデートで手を繋ぎたくて、女の子の服装できたのか」 薫が鏡の前の樹に近づいて、頭をぽんっと撫でると、樹は嫌そうに顔を顰めて 「頭、叩くなよ。背、伸びなくなっちゃうだろっ」 薫の手を払い除ける。 (……やっぱり気にしていたのか) 樹がどう頑張っても高校生にすら見えないのは、可愛らしい顔だちや華奢な体型のせいというだけじゃない。同じ年頃の子たちと並んでも、多分、樹は小さい方だろう。 つまり……背が低いのだ。 中学2年の男の子ならば、まだまだこれからが成長期だ。一年で10cm以上伸びる子もいるぐらいだから、樹だってもっと背は高くなるだろう。 薫は苦笑しつつ首を竦め 「頭撫でたくらいで伸びなくなったりはしないさ。おまえはこれからまだまだ大きくなるよ」 樹はじとっと怨めしそうにこちらを見た。 「……兄さん……中2の時、身長どれぐらいだった?」 「う、うーん……。どうだったかなぁ……‍?」 正直言うと、薫は中1で15cmほど伸びたから、今の樹より10cm以上は高かった気がする……。言わないが。 樹はますますむくれた顔になり、ぷいっと背を向けた。 「母さん、小さいから、俺もきっとそんなに背、伸びない。兄さんはいいな。俺ももっと背高くなって男らしくなりたい」 薫はちょっと驚いて、樹の顔を鏡越しに見つめた。 こんな格好をしてきたから、てっきり樹は、女の子になりたいのかと思っていたが、どうやらそういうことではないらしい。 薫は樹の身体をそっと後ろから抱き締めた。 「なんだ。じゃあ樹は、女の子の格好するのが好きってわけじゃないのか?」 樹はびくっとして身体を強ばらせ、鏡越しに睨んできた。

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