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月夜の秘めごと3
「別に……好きでも嫌いでも、ない」
もぞもぞと動きながら、樹がぼそっと呟く。鏡に映ったその顔が少し赤くなっていた。
「そうか。でも、せっかく可愛い格好してきてくれたんだ。明日はおまえの行きたい所に連れていってやる。どこがいい?」
薫が樹を抱き締める腕の力を強くして、耳元で囁くと、樹は擽ったそうに首を竦め
「……っど、どこでもいい。……っていうか、兄さん、擽ったいってばっ」
「なんだ。おまえ、敏感だな。ここ、こうされるの、弱いんだ?」
樹の反応が可愛くて、薫はもっと揶揄ってやりたくなってしまった。
もがいて逃げようとするのをぎゅっと押さえ込んで、わざと耳元に口を寄せ囁いた。
「どこに行きたい? 好きなとこ、連れて行ってやるぞ」
(……こないだの動物園で、義兄さんと普通に手を繋いでデートする為に、僕はすごくいいアイディアを思いついたんだ。
それは、僕が女の子の格好をすること。
男同士だから、やっぱり周りの人が変な目で僕たちを見てた気がした。僕が女の子なら、義兄さんとデートで手を繋いでても、きっとおかしくない。
……そう……思ったんだけど……)
樹はもちろん、女の子の服なんか持っていない。叔父が出張から帰ってきて、いつものように月城のマンションに連れて行かれた。いろいろされた後、叔父が帰ってから、樹は月城に相談してみたのだ。
女の子の格好がしたいと。
月城はちょっとびっくりして、しばらく不思議そうな顔で樹を見てから、
「じゃあ、明日学校が終わったら、探しに行ってみようか」
そう言って、次の日待ち合わせて、樹をショッピングモールに連れて行ってくれた。
選んだ服やかつらを買うには、母に内緒で貰っているお小遣いだけじゃ全然足りなかった。だから、毎月のお小遣いで返すと約束をして、樹は月城にお金を出してもらった。
月城のマンションで、買ったものを全部つけてみて、鏡の前で何回もチェックしてみた。月城はすごくよく似合うと言ってくれたから、完璧だと思っていた。
(……でも……)
薫に、釣り合わないかもしれないと言われてしまった。
樹はものすごくショックだった。たしかに、薫とは8歳も離れているし、自分は同い年の友達より小さいから、子供っぽく見えるのだと思う。もっと大人な服を選べば良かった。
鏡の前でがっかりしてる樹に、薫が後ろからぎゅっと抱きついてきた。樹は心臓がどきんっと跳ねて、固まってしまった。
こないだ、月城の代わりに恋人になると言ってくれてから、義兄は前よりスキンシップが多くなった気がする。
っていうか、義兄は見かけよりも、甘えたがりなのだ。もともと距離感がちょっと近い気はしていたけど、恋人代わりだから、きっと余計にベタベタしてくれる。すごく嬉しいけれど、薫が無邪気に触れてくる度に、口から心臓が飛び出てしまいそうになって、すごく困る。
「どこに行きたい? 好きなとこ、連れて行ってやるぞ」
後ろから抱き締めて、薫が耳のすぐ後ろで囁く。コロンのいい香りに包まれて、熱い吐息がかかって、樹はぞくっとした。
耳の後ろから喋られるのはダメなのだ。ううん。喋らなくても、そこに人の気配があるだけで、むずむずしてしまって。擽ったいというだけじゃない。首筋のむずむずが、何故か腰の方にも移ってしまって、あの変な病気の時みたいに、身体が熱くなっていく。
(……あ……。だめ。今、ずくんってなった)
お腹の下がむずむずし始めて、樹は焦って薫の腕の中でもがいた。
「どこでも、いい……っ。兄さんと、手、繋いで歩ける、とこならどこでも……っ」
薫は正直、浮かれきっていた。連絡を待ちわびて、ようやく会えた可愛い弟は、デートする為に、女の子に変身してきてくれた。しかもびっくりするほど可愛い女子にだ。
その美少女(?)が、自分の悪戯に真っ赤になって、耳元で囁く度にぷるぷる震えている。
自分にロリコンの気があるとは思わないが、ツンデレな樹のこういう素直な反応に、どうやらめっきり弱いらしい。
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