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月夜の秘めごと4

「どこでも、いい……っ。兄さんと、手、繋いで歩ける、とこならどこでも……っ」 腕の中でもじもじしながら、樹はそんな可愛いことを言う。薫は逃がさないように、更にぎゅむっと腕の中に閉じ込めて 「そうか。俺と手を繋げるなら、どこでもいいか」 また耳元に囁いて、樹の柔らかそうなほっぺにキスをした。 「可愛いな、樹。……おまえ、兄さんのこと、好きか?」 薫の言葉に、樹はびっくりしたように振り返って 「……え……」 「樹は俺のこと、好きか? 俺は樹のことが大好きだぞ」 樹は零れ落ちそうに大きな目を、更に見開いて固まっている。その瞳が戸惑いに揺れてきらきらしていた。 (……ああ……なんて綺麗な目だ。穢れがなくて純粋で、透明感があって……。きっとこの子の心を映し出している鏡なんだな) 薫が返事を促すように首を傾げてみせると、樹はさっと目元を薄く染めて 「……兄さん……俺、の、こと……好き‍?」 「うん。大好きだ」 樹はきゅっと目を細めた。 「……僕も……僕も兄さんのこと……好き……」 まるでため息のように、そっと小さく呟いた。 ふいに強烈な愛おしさが込み上げてきて、薫は樹の身体をくるっと自分の方に向けさせると、かがみ込んで唇にそっと口付けた。樹は息を飲み、腕をぎゅっと握り締める。 樹の唇は柔らかい。 その唇から漏れる吐息は甘い。 この子とのキスは麻薬だ。 先週別れてからずっと、薫この感触を何度も思い出して、想いを募らせていたのだ。 (……想い…‍…?想いってなんだよ) こないだ樹と過ごした濃密な時間の中で、薫はこの素直で綺麗な弟を、どうやら好き過ぎるらしいと自覚した。 でもやっぱり、2人は男同士で、義理とはいえ兄弟だ。 樹と別れた後、悶々として、何度も打ち消してきた想い。きっとこれは自分の勘違いなんだと、否定し続けてきた。 ー弟と恋に堕ちるなんて、許されないことだから。 この禁断の果実は、きっと恐ろしく魅惑的な蜜を湛えている。 背徳感と罪悪感という甘美なスパイスを纏い、薫の心を切なく揺らし続ける。 自分だけ堕ちていくのならいい。 その罪は自業自得だ。 でも、まだ幼い純粋で無垢な弟を、自分の道連れにすることは出来ない。 そう、思ってはいるのだが……。 唇を離し、樹の顔を見つめる。樹は綺麗な瞳を揺らめかせて、真っ直ぐに見上げていた。 (……ああ……吸い込まれそうだ) 胸の奥がツキンと痛む。 「……もっと……して‍……?」 樹はきゅっと目を閉じると、小さな唇を突き出した。薫の腕を両手で掴んで背伸びする。 「……もっと……キス……して…‍…?」 あどけなかった樹の雰囲気が、ふいに変わった。 はっとするほど大人びて、艶めいた空気を纏う。 薫の目は、うっすらと開いて突き出している、樹の赤い唇に吸い寄せられた。 「……いつ……き……」 ふわっと樹が閉じていた目を開く。心の奥底まで見透かすような瞳。 (……ダメだ。吸い込まれる……っ) 薫はぎゅっと目を瞑ると、樹の頬を両手で包み、その赤い唇に誘われるように、口付けていた。

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