158 / 448
月夜の秘めごと5※
「ん……んふ……ん……ん……」
樹の鼻から漏れる甘ったるい声が、薫の耳を擽り続ける。
小さな舌が俺の舌と絡まり、まるでそこだけ別の生き物のように蠢く。
熱くて柔らかい樹の唇や舌の感触。
目眩を起こしそうな、樹の独特の甘い香り。
その唾液すらほんのりと甘い。
そして、くちゅくちゅと官能を刺激する水音。
今、五感の全ては、小さな恋人との交歓に支配されている。
薫のこっち方面の体験は、恋人だった冴香だけだ。だからいろいろ比べることは出来ないけれど、樹とのキスは何かが全然違う気がする。
すればするほど、もっと欲しくなる。砂漠で水を求めるように、味わっても味わっても満たされず、更に飢えていくような……。
抱き締めている樹の身体が、どんどん反り返っていく。
やがて、つけていたウィッグが外れて床に落ちた。
ファサッと落ちたその音に、薫はちょっと驚いて薄目を開けた。
そこにいたのは柔らかい癖っ毛のいつもの樹。
(……いや、でも違う。
今、俺が抱き締めているのは、さっきの雑誌から抜け出してきたような美少女でも、いつもの表情の乏しい少年でもない。
長い睫毛を震わせ、切なげに眉を寄せ、俺のキスに応えている樹は、どきっとするほど大人びた艶やかさを纏っていて……)
薫の視線に気づいたのか、樹がゆっくりと目を開けた。まるで固く閉じた花の蕾が、少しずつ綻びていくように。
薫は唇を外し、目の前に現れた美しい瞳をじっと見つめた。
「……にい……さん……?」
突然の中断に、戸惑い首を傾げる樹に、少しだけいつもの幼さが戻る。あどけなさと妖しい色気がアンバランスに同居した、男とも女とも呼べない不思議な存在感。
「……俺とキスするの、好きか?」
自分の声が、何故かすごく遠くに聴こえる。
樹はぱちぱちと瞬きすると
「……好き……ぁ……もっとぉ……」
頭の中でプチンっと何かが切れる音がした。それは多分、理性とか常識とかいう、自分を戒めている心の鎖だ。
腕を伸ばし、樹の頭を抱き寄せた。激情に任せてまたその唇を奪う。
(……義兄さんが、僕を好きだと言ってくれた。こないだも同じように好きって言ってくれたけど、でも、違う。こないだと全然違う。
義兄さんの声が。僕を見る目つきが。その表情が。
こないだとは全然、違ってたんだ。
その好きは、僕が義兄さんを想う好きと、似てる気がした。
僕には遠すぎる義兄さんが、ものすごく近くなってる。
どうして?
どうして?
どうして?
僕が、女の子の、恰好、してきたからかな?
だから義兄さん…。
よく、分かんないけど…。
ううん、分かんなくてもいい。
僕と同じ好きになってくれた、義兄さんの心が、嬉しい。
それだけで、もう……)
キスをねだる度に、薫は望むものをくれる。
樹は、泣きたくなるほど、嬉しかった。
(……義兄さんとのキス、気持ちいい。ああ……溶けちゃいそう……っ
繋がってるとこから溶けて、ひとつになっていくんだ)
ともだちにシェアしよう!