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堕ちていく月6※
薄いスリップ一枚で横たわる樹を、薫は後ろからすっぽりと抱き締めていた。射精の興奮がおさまれば、込み上げてくるものは、満ち足りた喜びよりも、暗く淀んだ後悔の念ばかりだ。
薫は本気で落ち込んでいた。
これは自業自得だ。分かっている。幼い弟に自分は何てことをさせているのだ。
樹はさっきから身動ぎひとつせずに、大人しくしていた。どうやら、無防備に眠ってしまったらしい。
自分が義兄に何をさせられたのか、この子はちゃんと理解しているのだろうか。嫌じゃなかったのか。ショックを受けてはいないだろうか。
(……どうしてこんなことに、なってしまったんだよ……)
「……樹……眠ってるのか?」
そっと囁いてみるが、答えはない。薫ははぁ……っとため息をついて、樹の項に顔を埋めた。
やってしまったことに激しく後悔はしているが、やはり樹が愛おしくて堪らない。矛盾だらけの自分の心が、自分でもよく分からない。
(……俺は樹を、どうしたいんだ?月城の邪な行為から守ってやりたいのか?……それとも)
樹が自分と同年代で女の子なら、こんなにも思い悩むことはないのだろう。好きだと思いを告げて、愛を確かめ合う。とてもシンプルで自然なことだ。
(…………)
考えても答えは出ない。ただ、このまま樹を傍に置いていれば、自分は超えてはいけない一線を超えてしまう予感がした。
「なあ、颯士。俺に隠れてこそこそと、樹に何をしているんだ?」
疲れ果ててうとうとしていた颯士は、突然耳元で囁かれて、はっと目を開けた。シャワーを浴びに行って、そのまま帰ったのかと思っていた巧が、いつの間にか自分を後ろから抱きすくめていた。
「答えろよ。颯士」
熱い吐息と共にざらりと耳の後ろを舐められて、颯士の身体がびくんっと跳ねる。巧の指が胸を撫で回し、乳首のピアスをくいくいっと引っ張った。
「……っ何も……俺は、何も」
「嘘つくなよ。俺に隠し事はなしだ。おまえがここに樹を招いて、いろいろしてやってるのは分かってるんだよ」
さんざん嬲られて赤く腫れている乳首に、ぴりぴりと痛みが走る。颯士は呻き声を堪えながら
「……隠して、なんかない。ただ……」
「ただ、何だ?」
「樹くんが……弟みたいで、素直で可愛いから、ちょっと世話を焼いていただけです」
その答えに巧は虚をつかれたような顔をして、まじまじと颯士の顔を覗き込んだ。
「弟?」
「俺、兄弟いなかったので。ああいう存在って、新鮮で」
巧はしばらく黙って、颯士の目をじっと見つめていたが
「ふん。そうだとしても、俺に内緒であいつの兄貴に会ったりしてただろうが。それはどういう理由でだ?」
巧の言葉に、今度は颯士が目を見張った。
(……そこまで知って?……まずいな。下手な言い訳すると……)
黙り込んだ颯士に、巧は意地が悪そうに笑うと
「樹のやつが、このところ俺のことを避けて逃げ込んでたのは、薫のアパートなんだろう?」
「それは……」
「否定しても無駄だぞ?調べはついてる。おまえがその片棒担いでいたかどうかは、これからじっくりおまえの身体に聞くさ。颯士。八重垣オーナーのとこに1ヶ月ぐらい行って来い」
颯士の目が驚愕に見開かれた。その目に恐怖が滲んでいるのを見て、巧は満足そうに颯士の頬を撫でる。
「俺に逆らった罰だ。しばらくはオーナーにたっぷり可愛がって貰えよ」
颯士はがばっと身を起こし、巧に縋り付いた。
「やだっ、巧さん、お願いします。あそこだけは嫌だ。何でもします。もう勝手なことはしないっ。お願いだから……」
怯えて震え上がる颯士に、巧はいっそう優しく頬を撫でてやり
「あいつの所に行くのはそんなに嫌か?」
颯士は目に涙を滲ませて、必死に頷く。
巧はにやり……っと口の端を歪めて
「だったら……俺に協力しろ、颯士」
「……え?」
「おまえが俺の言う通りに出来たら、八重垣の所へ行くのはなしにしてやる。それに……別居はやめてまた一緒に暮らしてやってもいいぞ?」
颯士の目に、怯えと歓喜の複雑な色が入り混じる。
「おまえだけは特別だ。いくつになっても俺の側にいろ。その代わり……2度と俺を裏切るな」
「……巧さん……」
巧の顔が近づいてくる。颯士はそっと目を閉じた。優しく落とされる巧からのキスは、甘いのに何故か血の味がした。
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