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慕ぶ月5
「どうした?なんでそんな、後ろに隠れてコソコソしてるんだ?」
前を行く薫が突然立ち止まり振り返った。すぐ後ろを引っ付いて歩いていた樹は、咄嗟に止まれず、ぽすんっと薫の背中に顔をぶつけた。
「いたっ。……急に止まんないでよ」
「ごめん、ごめん」
薫は樹に向き直って軽く頭を撫でると
「手、繋がないのか?ほら」
無邪気に差し出してくる薫の手を、樹はじ……っと見つめた。
ショッピングモールの駐車場に車を停めて、店の入り口までは、この手を握って歩いてきたのだ。薫の大きな手に包まれて温もりを感じて、ドキドキしたけど、すごく嬉しかった。
でも……。
店の中に入った途端、予想外の混雑ぶりに足が竦んだ。休日を楽しむ家族連れやカップルの姿に、ショーウィンドウに映る自分たちの姿をちらっと確認して、樹はしおしおを項垂れ、そっと薫の手を解いた。
(……やっぱ……僕じゃ釣り合わない気がする……)
薫を部屋から追い出して、昨日着てきた女物の服を丁寧に身につけた。ウィッグも着けて、クローゼットの扉の姿見で、どこかおかしくないかと何度も全身をチェックしてみた。
完璧だと思ったのだ。
(……でも……。スカートが短すぎて子どもっぽくなっちゃったのかな。ううん。服のデザインがダメだった?もうちょっと、大人っぽいの、選べばよかった……)
この格好で、落ち着いた大人の雰囲気の薫と手を繋いで歩くと、恋人同士というよりは……
(……親子……? うーん……)
樹は、ふわんふわんしているスカートの裾を、ぎゅっと握り締めて下に引っ張った。
「おまえ、なんでそんな困った顔してるんだよ」
薫が不思議そうに首を傾げて、顔を覗き込んできた。
「トイレか?行きたいなら我慢するなよ。病気になるぞ」
(……っ。違うし!)
樹はぷるぷるっと首を横に振った。薫は尚も首を傾げていたが
「ほら、俺もちょっと行きたくなったから、一緒に行くぞ」
そう言うと、もじもじしている樹の手をぐいっと掴んで、すたすたと歩き出した。
「っぁ……」
薫に引っ張られるようにして歩き出しながら、樹は顔を真っ赤にしていた。しっかりと繋がれた手。薫は周りの目なんかまったく気にする様子もなく、人混みを縫うようにしてずんずん歩いて行く。
(……わ。わ。わーーー……)
薫と手を繋いで、店内を歩いている。樹は自分をぐいぐい引っ張ってくれる薫の頼もしい背中を、潤んだ目でじっと見つめた。
(……やっぱ、義兄さんって……格好いいな……)
心の中でいろいろ気にして、うじうじと悩んでいる自分に、いつも何でもないことのように自然に、薫は新しい世界を見せてくれる。優しくて頼りがいのある、太陽みたいに眩しい……憧れの人。
(……兄さん……大好き……っ)
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