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慕ぶ月7
「上映時間までまだあるな。ちょっと店見て歩くか」
しっかりと繋がれた手に、樹がドキドキしていると、薫は案内板を見て
「どこか見てみたい店、あるか?」
樹は案内板を見上げて首を傾げた。こういう集合型商業施設にはあまり馴染みがない。店の名前を見ても、ピンと来なかった。黙って身体を少し斜めにしたまま固まっている樹に、薫は思わず噴き出して
「聞かれたって分からないよな。俺もこういう店はよく知らないんだ。よし。じゃあ、端から順番に見ていくか」
そう言って、繋いだ手をくいくいっと促すと歩き始めた。
どの店も思い思いの装飾を施した洒落た内装で、照明を浴びた商品たちが色とりどりに並んでいる。女性ものの服の店が多いが、雑貨がところ狭しと並んでいる店もある。樹は薫に手を引かれながら、きょろきょろしていた。
薫は雑貨屋で気になる商品を手に取ると、しげしげと見つめている。樹は一緒に商品を覗き込みながら、そおっと薫の横顔ばかり見ていた。
「なんか気になるもの、あるか? あまり高くないものなら、買ってやるぞ」
不意に薫がこちらを見た。樹は慌てて目を逸らす。
「いらない。欲しいもの、ないし」
「お。あれなんかどうだ?」
もじもじしながら呟く樹を、薫は気にせずぐいぐい引っ張っていくと
「ほら、これ」
薫が指差したのは、雑貨屋の一角に陳列してあるリップクリームだった。
まるでお菓子のような色合いの可愛らしいデザインが並んでいる。
「え……これ……?」
「うん、この色つきのやつな、試しに塗ってみろよ。あ、これなんか絶対におまえに似合うと思うぞ」
妙にはしゃいでいる薫を、樹はじ……っと見つめてから、薫の手の中の試供品のリップクリームに目を移す。まるで本当の口紅のような鮮やかなアプリコットピンクだ。
「おまえ、俺が釣り合わないなんて言ったから、気にしてただろう? それ、つけてみたら、大人っぽくなるんじゃないか?」
樹は目を見開いて、再び薫を見つめた。
薫はにっこりと笑って、クリームを指先で取ると
「ちょっとじっとしてろよ」
言いながら、樹の唇に指を近づける。
「うーん……結構、難しいもんだな。これでいいか?」
薫のごつい指先が唇を優しくなぞる度に、樹はドキドキしていた。どんな顔をしていいのか、目を閉じたらいいのか、開いててもどこを見ていいのか、分からなくて固まっていた。
ようやく納得したのか、薫がちょっと照れたように笑って、棚に設置してある小さな鏡を指差す。樹は、鏡を見つめて、小さく息を飲んだ。
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