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慕ぶ月8
(……これ……僕……?)
さっき薫をトイレから追い出して、鏡で自分の顔をしげしげと見つめてみた。身体が華奢なだけでなく、一部の同級生から女男とバカにされる、自分の顔がコンプレックスだった。特に大きな目が嫌で、小さいのにぷくっとしている唇が嫌で。
今、鏡の中に映る自分は、やっぱり男には見えない。それどころか、セミロングのふわふわの髪型とか、うっすらと赤くなった頬とか、もう完全に女の子にしか見えない。
でも……コンプレックスの小さな唇に、薫が丁寧に丁寧に施してくれたリップクリーム。
幼く見えるいつもの顔に、艶のある綺麗色の口紅が、はっとするほど大人びた雰囲気を作り出してくれていた。
(……すごい。すごい。すごい!)
目を見開き驚きの表情を浮かべている樹に、横から薫も鏡を覗き込み
「な? その色、おまえにすごく似合うだろう?」
鏡の中でちょっと得意そうな薫と目が合って、樹は思わずこくんと頷いた。
「おまえ、若いからべったり化粧する必要はないけどな。口元とか目元とか、少し色を入れたら全然印象が変わる」
「すごい……びっくりした……」
くるっと振り返り、尊敬の眼差しを向ける樹に、薫は照れ笑いをして
「いや。ここまで雰囲気変わるとは、実は俺も思ってなかったんだ。おまえ、やっぱり綺麗な顔してるよな」
薫はそう言って、樹の頭をそっと撫でると
「それ、買ってやるよ」
うきうきした様子で、商品を手に取り歩き出す。
(……!!)
樹は慌てて、薫の腕を掴んだ。
「いいっ。お金、勿体ないし」
「そんなたいした値段じゃないさ。……あ、でも……おまえは気に入らないか? それ」
樹はもう1度、店の鏡をちらっと見てから、急いでぶんぶんと首を横に振り
「ううん。そうじゃ、なくて、兄さんお金、使いすぎちゃうから」
映画を観るというだけで、一人暮らしの薫の懐具合が気になっていたのだ。きっとここでの食事代だってかかるだろうし。
樹の言葉に、薫はおどけたように目を見張り
「そこはな、突っ込まなくていいぞ。彼氏にちょっと見栄をはらせろよ、樹」
「……カレシ……」
「そう。俺は今日、可愛いカノジョをデートに連れてきたわけだ。男としてはさ、好きな子に、これぐらいぽんっと買ってやりたいだろう?」
「……カノジョ……」
「本当によく似合ってるぞ、樹。さっきより断然大人っぽくなったしな。どうする?」
悪戯そうな目をして覗き込んできた薫に、樹は内心ドギマギしながら目を逸らすと
「…………欲しい……です」
「かしこまりました。お姫さま」
薫はご機嫌な様子でレジに向かった。
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