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隠れ月1
「行き当たりばったりで選んだ割には、結構面白かったよな」
嬉しそうに顔を覗き込んでくる薫に、樹は慌てて目を逸らした。
駄菓子屋で買い物した後、映画館の入り口で買い込んだポップコーンやジュースを抱えて、薫が選んだ恋愛映画を一緒に観た。
予想より空いていた座席の一番真ん中で、並んで腰を降ろすと、樹はずっとドキドキしっぱなしだった。
薄暗い映画館の中で、隣同士くっ付いて座るのは、部屋で2人きりでいる時とは全然違う、不思議な密着感がある。
上映時間まで、パンフレットを興味津々で眺めている薫の横顔を、樹は気づかれないように、そっと何度も盗み見た。
(……どうしよう……兄さんと、映画、観るんだ……これから。うわぁ……どうしよ。恋人っぽいよね? すごい……)
視線に気づいた薫が、ん?っとこっちを見る度に、樹はふいっと目を逸らして、ポップコーンを口に放り込んだ。
館内の灯りが落ちて、スクリーンからの光だけが座席を照らす。薫はわくわくした様子でスクリーンに釘付けになったが、樹はもう正直、映画どころじゃなかった。
何回見ても、薫が格好いい。
スクリーンから投影される色とりどりの光が、まるで万華鏡のように薫の横顔を浮かび上がらせる度に、息を詰めて薫の顔に見蕩れていた。
だから……面白かったよな?と聞かれても、困るのだ。映画の内容なんて、ほとんど覚えていない。
「う……ん。綺麗、だった」
「ん? 綺麗? ああ、あの女優さんな。樹はああいう女性がタイプなのか?」
見当違いな薫の問いに、樹は赤くなりながら、ぶんぶんと首を横に振って
「ちがっぅ……えっと、映像、が……すごい、ロマンティックだった、から」
しどろもどろな樹の答えに、薫は納得したように頷いて
「ああ。そうだな。この監督は映像美でも定評があるらしい」
「うん……すごい幻想的で……格好よかった……」
言いながら、スクリーンの光に照らされた薫の横顔が、脳裏に浮かぶ。
(……ほんと……夢みたいだった……格好よかった……兄さん……)
「ん? おまえ……」
不意に薫の指が伸びてきて、唇の端に触れた。びっくりして固まった樹に、薫は楽しそうにふふっと笑うと
「口の端、ポップコーンがついてる」
そう言って、ついっと摘むと、悪戯そうな顔で樹にそれを見せてから、自分の口に放り込んだ。
(……!!!)
カーッと顔が熱くなった。
信じられない。
ポップコーンの食べかすをくっつけていた、自分のマヌケさにも。それを、何の戸惑いもなく、自分の口にぽんっと放り込んでしまった薫にも。
「兄さんの、ばかっ」
樹は持っていたバッグで薫の背中を軽く叩くと、先にずんずん歩き出した。
「あ、おい、樹?」
薫が慌てて後から追いかけてくる。
「こら。おまえ、何怒ってるんだよ」
真っ赤になっている顔を見られたくなくて、樹はぷいっと顔を背けた。
「兄さん、天然すぎ」
「ん、 天然? 俺がか? 俺、何かおかしなことしたか?」
「……何でもないし」
薫は首を傾げて
「おまえ、腹具合はどうだ? もういい時間だけど、飯、食えるか?」
樹は立ち止まってお腹を押さえた。さっき映画を見ながら、ムキになって大きなカップ1杯のポップコーンを平らげてしまった。正直、お腹は全然空いてない。
「兄さん、お腹、減った?」
「いや。炭酸がぶ飲みしてたからな」
「俺も……お腹いっぱい」
「じゃあ、腹ごなしに、先に隣のボーリング場にでも行ってみるか?」
「え……っ。ボーリング……?」
樹がくるっと振り返ると、薫は微笑んで
「やったこと、あるか?」
樹はぷるぷると首を振った。
「……ない」
「教えてやるよ。大丈夫だ。そんなに難しくないからな」
薫はちょっと尻込みする樹の手をぐいっと掴んで、楽しそうに歩き出した。
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