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隠れ月2
ボウリング場を1度も見たことのない樹は、レーンが並ぶ広い空間に、目をぱちくりさせていた。慣れた様子で受付で記入を済ませた薫が
「ほら、こっちだ。あそこで靴を借りるんだよ」
キョロキョロしながら連れていかれた先には、巨大な自動販売機にサイズ別の靴がずらーっと並んでいる。
「わ……すごい……」
戸惑う樹に薫は笑って、コインを投入すると
「自分の靴のサイズのボタンを押してごらん。あ、ちょっと固めだからワンサイズ上の方がいいかな」
樹は頷くと、恐る恐るボタンを押してみた。ウィーンと音がして、選んだサイズの靴が下の扉から押し出されてくる。
目を輝かせる樹の肩を、薫はぽんぽんと叩いて
「面白いだろう? 靴の次はボールだよ」
自分の靴も借りると、樹を促してボールが置いてある棚に行き
「おまえは、初心者だしな。この辺りの重さで、指の穴が上手く合う球を探してごらん」
樹はいつもの無表情をすっかり忘れて、頬を紅潮させている。
その様子に薫は思わず頬をゆるませた。最初は女装を気にしてもじもじしていた樹も、すっかりリラックスした表情をして、自分とのデートを楽しんでくれている。
(……笑うと可愛さが増すんだよな。うん。すごくいい顔だ)
樹が気にするから教えていないが、店や映画館ですれ違う男たちが、時折、樹をちらちらと見ていることに気づいていた。
こんな愛らしい美少女を連れて歩いてる男は誰だと言わんばかりに、自分にも注がれる男たちの視線を感じた。その度に、思わずドヤ顔をしてみたくなるくらい、樹は本当に愛らしい。
「兄さん……これで、いいと思う?」
ついニヤニヤしていたら、不安そうに覗き込んでくる樹と目が合った。薫は慌てて顔を引き締め
「うん。どうだ? 持ってみて違和感ないか?」
「うん……たぶん……大丈夫」
「よし。じゃあ、おいで。えーと、22番レーンだ」
靴と球を持って、指定されたレーンに向かう。
ここは、子ども用にノンガター設定にも出来るようだが、それだと詰まらないだろう。というか、子ども扱いするなと樹が怒りそうだ。
球を置いて、椅子に座って靴を履き替える。自分がやるのを見よう見まねで、樹がちらちらこっちを見ている真剣な顔が何とも可愛い。
履き終えた樹が嬉しそうに顔をあげる。薫はにっこり笑って
「あそこに、何本倒したかって数字が出るんだ。俺が先に投げてみるから、おまえは近くで見てるといいよ。投げ方は後で教えてやるからな」
正直言って、ボウリングは自分もすごく得意という訳じゃない。大学の友人たちと誘われて、たまに行くくらいなのだ。教えると言ったって、自分も友人の見よう見まねだが、樹に楽しい遊びをいろいろ教えて、喜んだ顔を見るのが、薫の楽しみのひとつになっていた。
球を手に取り構える。すごく真剣な顔で、自分を見つめる樹の眼差しが、なんだか面映ゆい。
(……これは……ガターなんか出せないな。格好悪いところは見せられないぞ)
薫はちょっと緊張しながら、レーンの先のピンを見つめた。
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