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隠れ月3
「兄さんっすごい!」
薫の投球を固唾を呑んで見守っていた樹が、びっくりするような大声で叫んだ。
周りのレーンの客たちが、何事かというように、目を丸くしてこっちを見ている。
薫は振り返って、樹に向かって苦笑した。
「こら。そんな大声で、はしゃぐなよ」
樹は、こちらの声がまるで聞こえていないように、ふわふわのスカートの裾を揺らしながら、駆け寄ってきた。
「すごい! 倒れたっ」
目を輝かせ、ぱちぱちと手を叩く、そのものすごく素直な樹の賛辞が……面映ゆい。
ガターこそ出さなかったが、ストライクではないのだ。8本倒して、残りのピンは、揺れはしたがその場に踏み留まった。
「樹。大袈裟だよ」
無邪気な様子が可愛くて、頭をぽんぽんと撫でると、樹は頭の上の手をちろっと見てから
「だって、あんなに倒した。それに、ぎゅーんってカーブしたっ、球が」
興奮気味にレーンを指差し、またキラキラした目を向けてくる。
「あれぐらい、おまえも出来るよ。もう1回投げたら、次はお前の番だぞ、樹」
途端に樹は、眉間に皺を寄せ、少し後ずさる。
「……出来るかな」
「ああ。持ち方と投げ方、教えてやるからな。ちょっと待っててくれ」
薫は笑いながらそう言って、戻ってきた球を手に持ち、残りのピンの攻略に向かった。
少し離れた状態の2本は、1本だけ辛うじて倒れただけで、スペアは逃してしまった。
振り返って樹を見ると、さっきのはしゃぎっぷりが嘘のように、顔を強ばらせてレーンを睨みつけている。
(……こらこら。そんなに緊張するなよ)
薫は内心苦笑して、樹に手招きした。
「おいで」
樹は無言でこくんと頷くと、薫の横におずおずと近寄ってきた。薫は樹の手を掴んで
「この穴に親指をしっかり入れて、こっちに中指と薬指だ。中指と薬指の方は、第二関節辺りまででいいぞ。持ってみろ」
ボールの上でいったん手を離すと、樹は不安げにこちらを見てから、言われた通りに指を入れた。
さっき選ぶ時に軽く指を入れさせて、重さも確認してみた。ちょっと軽すぎる気はしたが、樹の指がほっそりし過ぎていて、重さもあって指がぴったり合うものは、ハウスボールの中には見つからなかった。
(……まあ、遊びだからな)
樹は真剣な表情で、指3本でボールを持ち上げた。
「うん。左手で支えるようにして……そう、そのままこっちへおいで」
またしても、樹に新しいことを教えてやれるのが嬉しくて、薫の心はうきうきと弾んでいた。
両隣の男たちが、樹の愛らしい姿に、ちらちらと視線を向けているのも、ちょっとどや顔をしてやりたいくらい楽しかった。
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