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隠れ月5
コツが分かってきたのか、樹はその後も6本、4本、7本と頑張って倒し、その度にはしゃいでみせたり悔しがったりと、すごく楽しげだった。
最後の回は惜しくも9本で終わり、合計点数は、まあさすがは初心者という結果だったが、初めてのボウリングに大満足な様子だった。
「どうする? せっかく慣れてきたから、もう1ゲームやってみるか?」
薫の誘いに樹はびっくりした顔で
「……いいの?」
「ああ。いいよ。もう1ゲームやったら腹具合もちょうどいいだろう。その後、食事にしような」
樹は嬉しそうにはにかんで頷いてから
「あ……僕、ちょっとトイレ」
「あ~。じゃあ、俺も一緒についていくか?」
樹は眉を顰め、薫を睨みつけて
「子どもじゃないし。一人で大丈夫」
ぷいっとそっぽを向くと、椅子から立ち上がり、スカートの裾をふわふわ揺らしながら、店の一番奥の洗面所スペースに行ってしまった。
(……まあ、一人で大丈夫か。さっき見に行ったら多機能トイレもあったしな)
それにしても、はしゃぐ樹は本当に可愛かった。ボウリングぐらいで、あんなに喜んでくれるとは思っていなかったのだ。ピンが倒れる度にぴょんぴょん跳ねて、全身で喜びを示す樹の愛らしい様子に、周りの男どもも見とれているのを感じて、薫はちょっと鼻高々だった。
男子用、女子用のトイレを通り過ぎ、通路の角を曲がった奥に多機能トイレを見つけて、樹はほっとして扉を開けた。用を済ませて手を洗い、壁面の鏡を覗き込む。
楽しくて興奮し過ぎたせいか、頬がちょっと赤くなっていた。薫に塗ってもらった色つきリップも、色がハゲかけている。
樹はバッグから買って貰ったばかりのリップをそっと取り出し、目の前に翳してみた。
(……すごいなぁ。今日は本当にスペシャルデーかも)
映画を一緒に観れた。
手を繋いで歩けた。
更にはボウリングまで教えて貰えた。この後、食事もするのだ。義兄さんの恋人として。
嬉しくて心臓がドキドキしっぱなしだ。
薫が自分を見つめて話しかけてくれる度に、幸せ過ぎて胸がいっぱいになる。
(……格好いいし。義兄さん)
そんなに上手くないと謙遜していたが、球を投げる薫の姿はきまっていて、周りにいた他のどの男の人よりも素敵だった。ちらちらと、こちらを見る男の人たちの視線を時折感じたが、やっぱり義兄が一番格好いい。
樹はウキウキしながらリップの蓋を外して、再び鏡を覗き込む。少しずつ丁寧に、唇に色を重ねた。
「うん。大丈夫」
上手く塗れた。早く義兄さんの所に戻ろう。
樹はぎこちなく鏡の自分に向かって微笑むと、踵を返して扉のロック解除ボタンを押した。
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