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月の舟・星の海2

パスタを茹でる湯を沸かし、ついでに洗濯機を回し、風呂の掃除も済ませ、充分に時間稼ぎをしてから、薫は部屋に戻った。 (……っ) 驚いた。自分の貸したシャツに、既に着替えているかと思っていた樹は、何故か服を全て脱ぎ捨て、全裸になっていた。 「樹、どうしたん……」 薫の声に、背を向けていた樹が、首だけ動かしてこっちを見る。 「兄さん。シャワー、貸して‍」 無表情の樹に、薫は内心の動揺を飲み込んで 「あ……ああ、いいぞ。……あ、いや、今ちょうど風呂の掃除をしたところだ。だったらお湯を」 「シャワーだけで、いい」 樹は何の感情もこもらないような目で、薫の顔じっと見つめながら首を振った。 「もちろん、構わないが」 窓から射し込む西日が、樹のほっそりとした白い肢体を照らしている。薫はどぎまぎして、なるべく身体の方を見ないようにしながら頷いた。 「ありがと。兄さん」 樹は小さく呟くと、くるっと身体ごとこちらを向いた。 薫が焦って思わず目を逸らすと、すたすたと横を通り過ぎて、部屋を出て行ってしまった。 樹が浴室のドアを閉める音が、バタンっと響く。 薫は、脱力して、はぁっと大きく息を吐いた。 あまりにも無防備に全裸を晒して、堂々と横を通り過ぎていった樹に、度肝を抜かれた。知らず、息を詰めていたらしい。 (……びっくり……した) 泣き腫らした目はまだ赤かったが、さっき部屋を出る前とは、樹の雰囲気ががらっと変わっている気がした。 無表情というより、何だか怒っているように感じた。 そして、まだ明るい時間に見てしまった、樹の裸体。 それが、やたらと眩しく感じて、自分でも意外なほど動揺してしまった。 まだ大人になりきれていない、未完成な身体。樹は同世代よりも、恐らくかなり小さめだろう。 だが、子どもの身体と言いきるには、醸し出す雰囲気に妙な艶がある。何と言うか……妖しい色気のようなものが……。 (……いや。そんな馬鹿な) 薫は、慌てて自分の思考を打ち消した。樹はまだ子どもだ。今年ようやく14歳になったばかりの中学生なのだ。そんな子どもの身体に、妖しい色気なんかあるはずがない。 女装した樹を、デートだなんて言って連れ回していたから、自分はだいぶ浮かれてしまっているらしい。思いがけないトラブルもあったから尚更だ。 薫はもう1度ため息をつくと、クローゼットから、樹の為にバスタオルを取り出した。 浴室のドアを閉め、シャワーのコックを捻った。気持ちが焦っていたせいか、まだ冷たい水がいきなり降り注いできて、樹はびくっと飛び上がった。 さっき沸き起こった激しい怒りは、恐怖にも似た焦燥に変わっていた。 (……身体……触られた。義兄さん以外の、人に) 伯父に何かされる度、樹は伯父が帰った後で、軋む身体を引き摺って、真っ先に浴室へ向かった。ボディソープを大量に手に出して泡立て、スポンジでごしごしと赤くなるくらいしつこく擦った。 叔父が触れた場所、舐めた場所、そして身体の……中も。 叔父はあの行為が終わるといつも、タオルで身体を拭いたり、樹を浴室に連れて行って、身体を洗ってくれる時もあったが、樹はその後も必ず、自分で身体を洗い直していた。 触れられた場所が、元に戻るように。 何もなかったことに、する為に。 自分に触れてくれる義兄を、よごしてしまわないように。 (……身体、洗う前に、義兄さんに抱っこされた……) 自分の汚くておかしなものが、義兄にうつってしまう気がして、樹はぎゅっと唇を噛み締めた。ボディソープのポンプを、くどいくらい押す。スポンジに溢れるソープにシャワーのお湯をあてて泡立て、濡れた身体を首から順番にごしごしと擦っていく。 首は特に力を込めて擦った。 そこは男に吸いつかれて舐め回された場所だ。 不意にその感触がよみがえってきて、樹は思わずぶるっと身震いした。 (……綺麗に、しなくちゃ) 樹は震える手で首を擦り続けた。ようやく引っ込んでいた涙が、またじわじわと滲んでくる。 (……腕も、あと……下も) 男たちの感触が残っている気がする場所は、特に念入りに擦った。 ソープをまた大量に出して、今度は下半身を洗う。 急がないと、汚い染みが身体中にどんどん広がっていくような気がする。 樹は何かに追い立てられるように、自分の太腿やペニスも念入りに洗い続けた。

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