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月の舟・星の海6

「そろそろ……落ち着いたか‍?」 大声で泣いていた樹の声がだんだん小さくなり、時々しゃくりあげるだけになった。 薫がそっと声をかけると、樹は黙ってこくんと頷く。 「よーし。じゃあ、石鹸流して風呂から出るぞ。このままじゃ身体が冷えてしまうからな」 薫が明るい声でそう言うと、樹はおずおずと顔をあげて 「に……さん。洗って、くれる‍?」 「ん‍?」 真っ赤なうさぎの目が、不安そうに揺らめきながらも、まっすぐに自分を見つめている。 「にいさんの、手で。そしたら、1発で、綺麗に……なるって」 薫は一瞬、目を見張り、頬をゆるませた。 「ああ。そうだったな。よし。じゃあ俺の手で洗い流してやる」 薫は樹の背中をぽんぽんっと叩いて腕を解くと、床に転がっているスポンジを拾いあげた。 ふと思いついて樹の首や腕に目をやり (……これでこれ以上擦ったら……ちょっと痛そうだな) 「なあ、樹。どうする‍? スポンジでそこ擦るのはもう痛いだろう‍? 俺の手で直接洗ってやるか‍?」 樹は薫の手を目で追っていたが、その言葉に薫の顔を見上げて……赤くなった。 「に……さんの、手で……‍?」 「うん。あ、直接触られるのが嫌なら」 「嫌じゃ、ない」 樹は慌てて首を振りながら、薫の言葉を遮った。 「兄さんの手なら、嫌じゃない」 薫は微笑んで頷くと、スポンジを棚に置いて 「じゃあ、樹。どこ洗ったらいいか教えてくれ。まずは首か‍?」 「うん」 薫はシャワーのコックを捻って手をお湯で濡らすと、ボディシャンプーのポンプを押した。石鹸を手で泡立ててから、樹の方に振り返る。 「痛かったら言えよ。なるべくそっと撫でるからな」 樹は顔を仰け反らせた。ほっそりとした白い首は、しつこく擦ったのだろう、真っ赤になっていて……かなり痛々しい。 (……擦りむく一歩手前だな) 薫は手を伸ばして、首筋をそっと優しく撫でた。樹はびくっとして、眉を寄せる。 「痛いか‍?」 「だい、じょぶ」 泡でそっと包むようにしてさわさわと撫でていくと、樹がきゅっと首を竦めた。 「あ、痛かったか‍?」 樹は目を細めながらこちらを見て 「ちがう……くすぐったい」 確かにこれだと手加減し過ぎだ。でも自分を見る樹の涙目が、さっきと違って柔らかくなっていた。笑いを堪えているようなその表情に、薫はほっとしてつられて笑顔になった。 「そうか。くすぐったいか。じゃあもう少し強めに擦るぞ‍?」

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