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零れ落ちる月砂2
……母さんたち……何時頃帰るんだろう……。
ダイニングテーブルには、1人分の夕食と置き手紙があった。
母の字で書かれた手紙には「急用が出来たので出掛けます。帰りは遅くなるから、先に食事を済ませて寝ていてね」とあった。
最近、義父の仕事の都合で、自分を置いて何泊も留守にすることが度々あったから、こういうことにはもう慣れっこだ。
むしろ、何処で何をしていたのかとうるさく詮索されずに済んで、樹は内心ほっとしていた。
レンジで温め直した夕食を済ませて風呂に入り、戸締りを確認してから再び自分の部屋に戻ろうと階段をあがっていたら、玄関のベルが鳴った。
思っていたより早く帰ってきたらしい。
樹は踵を返して玄関に向かった。
鍵を外してドアを開けると、立っていたのは意外な人だった。
「月城さん……?」
月城さんはちょっと顔色が悪くて、なんだか具合が悪そうに見えた。
「樹くん。携帯の電源、切ってた?」
「あ……」
義兄のアパートで充電が切れて、そのまま忘れていた。樹が焦って返事をしようとすると
「君の、お母さんから頼まれたんだ。僕と一緒にきて」
「え?」
「説明は車の中でするから。とにかく急いで」
急かされて、樹は慌てて部屋に戻って着替えようとしたが、月城に腕を掴まれた。
「その格好のままでいいよ。家の鍵も僕が預かってる。とにかく急ごう」
月城は反論を許さない感じで、焦りながら靴を履いた樹の腕を掴んだまま外へ出た。玄関を施錠して、ばたばたと車に向かう。
車に乗り込んでからも、月城は前を向いたまま、黙って運転していた。
樹はわけがわからず、月城に話しかけようとしたが、月城の横顔はそれを拒んでいるように強ばっている。
……なに? どうしたんだろう。いったい何があったのかな。
母に頼まれたと、月城は言っていた。連絡のつかない自分を、わざわざ迎えに来てくれたのか。
……でもどうして月城さんが……?
母が叔父に連絡をして、叔父の都合がつかないから、月城が代わりに来てくれたのだろうか。
月城はどうして、こんな怖い顔をしているのだろう。本当に、わけがわからない。
「あの……月城さん、いったい何が……」
「お義兄さんの所に、いたの?」
恐る恐る問いかけると、月城に質問で返された。
「え……えっと、あの」
母には、義兄の所に泊まると言ってあったはずだ。それに、月城は女の子の服を買う時に付き合ってくれたはずで……。
「お義兄さんとのデートは、楽しかったかい?」
月城の言葉には、なんだかちょっと棘がある気がする。樹はそっと横顔を窺ったが、月城は相変わらず無表情で、何を考えているのかよくわからない。
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