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零れ落ちる月砂4
……どうしよう……どうしよう……どうしよう
耳鳴りがする。心臓がズキズキ痛い。
また自分は、義兄に迷惑をかけてしまう。
大好きな、人なのに。
「月、城さん。待って。僕、僕は」
「このまま、お義父さんとお母さんの所に連れて行くかい? それとも、巧さんにお願いしてみる? 彼がお義父さんたちに話す前に」
樹は目を大きく見開いて、青白く浮かび上がる月城の顔を見つめた。
叔父に、会う。あの叔父に、お願いをする。
それは……出来れば1番避けたいことだった。
義兄に大切に抱いてもらって、樹は決意したのだ。この身体はもう二度と、薫以外には触れさせない、と。
叔父に会って、義父たちへの口止めをお願いをする。あの叔父のことだ。きっと……自分が絶対に望まないことを要求してくる。
でも……。
柔らかく微笑む薫の顔が浮かんだ。
優しい義兄。大切な恋人。
自分を愛してくれると、これからの人生に責任を持つと誓ってくれた人。
薫はいつだって自分によくしてくれた。
罪を隠して嘘ばかりついている自分を、慈しんでくれた。
その義兄から、将来の夢や希望を奪うことなんか許されない。それだけは絶対にしたくない。
たとえ、薫に顔向け出来ないことになったとしても。
「僕から、巧さんに頼んであげるよ、樹くん。なるべく……君が辛いことにならないように……してあげるから」
月城はちょっと苦しそうに呟いた。
樹は膝の上の手をぎゅっと握り締める。
躊躇している場合じゃない。
ここは月城の力を借りて、義兄の立場を守らなければ。
「……お願い、します。月城さん。叔父さんの、所に、僕を連れて行って、ください」
震える声を必死に絞り出した。
月城は微かに息をのみ、哀しそうに微笑んで、無言で頷いた。
電話をするから、と、月城が車を出て行った。
残された樹は、ぼんやりしながら無意識に自分の胸元に手をやった。
いつもコインケースに入れて持ち歩いているペンダント。薫の誕生日に買った、月と星のペアのペンダントだ。薫にバレないように、自宅に帰ってから身につけていた。
小さな星の形を、指先でそっとなぞる。
心が麻痺してしまったみたいに、哀しいとか、辛いとか、そういう感情は湧いてこなかった。
ただ、もう義兄には会えないかもしれないな……と、そのことだけが、空っぽの頭の中に浮かんだ。
薫とのデートは、夢のような時間だった。
でも、夢はいつか覚める。
覚めた後の現実は、厳しくて苦しい。
幸せは、自分の所には長くは留まらない。
義兄に嘘をついている自分には、きっと相応しい罰なのだ。
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