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零れ落ちる月砂5

電話を終えて戻って来た月城が、車で向かった先は彼のマンションだった。 「ちょっとここで、待っててね」 そう言い置いて、奥へ行ってしまった月城の後ろ姿を見送って、樹は胸のペンダントをもう1度ぎゅっと握り締めた。 足がかたかた震え出す。 目眩と吐き気がした。 今すぐ回れ右をして、ここを飛び出したい。 叔父に、会いたくない。 会いたいのは、義兄だった。 助けて。助けて。心が叫んでいる。 「にいさん……助けて……」 しわがれた声が出た。 死んだようになっていた心が、唐突に動き出した。ここは嫌だ。叔父に会うのは嫌だ。 怖い。苦しい。哀しい。……哀しい。 薫に愛してもらった身体を、綺麗に清めてもらった身体を、また叔父に穢されるのだ。 それが何より……哀しい。 ずり……ずり……っと重たい足が後ずさりする。 今ならまだ、間に合う。 ここを飛び出して、薫の所へ行けばいい。 樹はくるっと後ろを向いた。 ドアノブに手をかける。 その手に力を入れようとして、ぴたっと止まった。 ここを飛び出して、義兄の所に逃げ込んで、それで……どうなる? 叔父は怒って、義父や母に何もかもぶちまけるだろう。 義兄は真面目で誠実な人だ。 義父から問い詰められたら……嘘はつけない。 そうなれば、月城の言う通り、義兄の学費は止められてしまう。 義兄が、どんなに頑張って勉強していたか、間近で見ていた自分が1番よく知っている。 将来の夢を実現させる為に、バイトをしながら必死に勉強していた。 その義兄から、自分は何を奪うのだろう。 やっぱり、それだけはしちゃいけない。 樹は震えるような吐息を漏らし、凍りついたようにノブに縋り付く自分の指を、無理やり引き剥がした。 逃げてはいけない。薫の為に。 それが今、あの優しい義兄に自分がしてあげられる、精一杯の恩返しなのだから。 「樹くん。もういいよ、おいで」 月城の声が聴こえた。 樹は恐る恐る振り返る。 月城はなんの感情も浮かばない目で、じっとこちらを見下ろしていた。 「……はい」 樹は掠れた声で答えて、靴を脱いだ。

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