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見えない光1※
巧に指示されて、樹をまず浴室に連れて行った。樹は魂が抜けた人形のように、何の感情も見えない表情で、大人しくついてくる。
脱衣場で樹の服を脱がそうとすると、樹は初めて怯えた顔をこちらに向けて、月城の手を押さえた。
「……自分で……」
「わかった。下着も全部、脱ぐんだよ」
樹はこくんと頷くと、のろのろと服を脱ぎ始めた。見守る月城の目の前で、樹の白い華奢過ぎる身体が徐々にあらわになっていく。
「……っ」
まず1番に月城の視線を捉えたのは、白い肌を埋め尽くす紅い吸い跡だった。まるで紅梅の花びらを散らしたように、樹の全身を艶かしく彩っている。彼の義兄ー薫が刻んだ所有の印だ。
大好きな義兄につけてもらった愛情の証。それは、今の樹にとっては、呪われた証でしかない。
……巧さんが、この身体を見たら……。
月城は暗澹たる思いで眉を顰めた。
おそらく巧は怒るだろう。ふつふつと沸き起こる激しい嫉妬と怒りを押し殺し、表面上は優しい笑みすら浮かべて。彼は自分が夢中になっている玩具に、勝手に触られることを極端に嫌う。逆にすっかり飽きてしまえば、平気で他人に抱かせて、嫌がる姿を眺めて楽しんだりするのだが……。
さっきひどくご機嫌な様子で、樹に優しい言葉をかけている巧を見て、月城は冷や汗をかいていた。樹は戸惑っていたが、巧が本当に怒りを押し殺している時は、ああやって笑うのだ。目に底光りする暗い感情を湛えて。
この後、樹が巧にどんなことをされるのか、想像するだに恐ろしい。
この子の手を掴んで、このままマンションから飛び出したい。
この子を薫の元に、連れて行きたい。
不意に沸き起こった衝動に、月城はぐっと息を詰めた。
そんなことは出来ないと分かっている。自分は巧の意志には逆らえない。そして樹も、薫のことが大切だからこそ、一緒にここを出て行くことを拒むだろう。
まったく真逆の、愛という名の鎖に、自分も樹も雁字搦めに縛られているのだ。
月城は目を瞑って、樹の身体から顔を背けた。
「脱いだけど……」
蚊の鳴くような、樹の声が聴こえて、月城ははっと目を開けて彼の方を見た。
樹は一糸もまとわぬ姿になって、さりげなく下腹だけを手で隠していた。
「ああ。じゃあ、中に入ってて。巧さんを……呼んでくるから」
樹は大きな目を少しだけ見開き、何か言おうと口を動かしかけたが、すぐに口を噤んで、諦めたようにこくん……と頷いた。
……ごめんね。樹くん。
月城は踵を返して、脱衣場を後にした。
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