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新居、決めました篇 1 いっぱい、いっぱい

 酔っ払って、マジでしゃっくりしてる奴、初めて見た。 「ヒック、いや、まだ、新居は探している最中だ。ヒック、なかなか良い物件が見つからなくて。ぁ、ヒック、でも、この前、私が見つけた物件はよかった。あそこがいいと、私は思っている」  無自覚こえぇ。新居って言っただろ? 今、あの人、俺たちが探してる部屋のことをまるで新婚夫婦かのように「新居」って言った。それをしれっと、酔っ払って、つぶらな……どころか、なんで目据わってんだ、あの人。 「ヒック、あとは、高雄が気に入ってくれるかどうかだ。気に入ってくれたらいいんだが、ヒック、仲? 仲は良いに決まってるじゃないか。ヒック、早く、ヒック、一緒に住みたいって思って、い、る」  なんで、すっげぇ、強面な表情で惚気てんだ。っつうか、語尾、しゃっくりが混ざって、声がひっくり返って可愛いだろ、それ。 「ラブラブなんですねぇ」 「ヒック、らぶらぶ、だヒック」 「馴れ初めはどんなだったんですか?」 「馴れ初め? それは、私の身体的欠点を」 「おい、あんた、何杯飲んだんだ?」 「! た、高雄ヒック」  これは職場の飲み会で、要は上司で、男で、年上だけど、その小さな頭の上にポンと掌を乗っけて、酔った勢いでマジであれを自分から暴露するんじゃないかって慌てて話に割り込んだ。  あれ、パイパン。  頭上に何が乗っかったんだろう、と不思議そうに見上げて、俺を見つけ、どう考えても怒っていそうな表情をふわりと和らげ、睨みつけるように鋭かった瞳をキラキラ輝かせて、嬉しそうに微笑んだ。 「あ、お疲れ様でーす」 「お疲れっす!」  俺の隣のデスク、営業の先輩と、俺の後輩で、今、超でかい商社との取引を抱えているおかげで売り上げ第一位の座に君臨し続けている山下、それに派遣社員で営業事務担当の荒井さんまでいる。 「荒井さんって、今日、デートじゃなかったっけ?」 「えー? だって、花織課長が飲みたいっていったら、デートなんてすっぽかすに決まってるじゃないですか」 「は?」  なんだそれ、聞き捨てならないって眉間に皺を寄せると、そういう意味じゃないですってぇ、ってケラケラ笑ってる。知ってるつうの。もしもそういう意味だとしたら、相手が誰だろうと排除してるっつうの。 「でもでも! 花織課長も楽しいですけど、庄司さんが! が!」  が! なんだよ。はいはいって適当にあしらうと、また楽しそうに笑ってる。箸が転がっても楽しいのか? って思えば、要も一緒になって何もわかってないくせに楽しそうに笑っていた。  もう、キャラを作るのは止めた。人当たりの良さそうな、朗らかな「庄司君」でいるのは、もうやめにしたんだ。疲れるし、そんな他人の印象とか気にしてらんねぇし。繕ってるほうが面倒なくらい、俺はこの人のことで忙しい。 「高雄、外、寒かったか?」  要の隣の席に我が物顔で座ると、すぐさま店員が追加の注文を取りに来た。その店員から手渡されたお絞りで手を拭きながら、とりあえず生ビールを注文して、ひとつ深呼吸をする。 「あー、いや、そうでもない、かな、走ってきたし」 「……」  あんたに早く会いたかったし、早く、ここの席に俺が座らないと、誰かがあんたをさらうかもしれない。そう口に出さなくてもわかったのか、アルコールじゃない赤みを頬に色づかせてはにかんでた。  今日はただの飲み会じゃない。なにせ、言い出したのは要だったから。俺も最初から参加したかったけど、今日は仕事の打ち合わせで少し遠いところに出てたせいで、合流するのが遅れ、一時間半の遅刻で来てみたら、もうすでに要がこの状態だった。 「酔っ払い」  営業という仕事柄、接待なんてものがどうしたってある。今時、接待費をじゃぶじゃぶ使ってくれるような企業なんてそうはないだろうが、それでも接待の機会はゼロではない。そんな仕事柄、部長である自分が一滴も飲めないんじゃけしからん! ということで、要が突然、酒を飲めるように訓練したいと言い出した。 「! よ、酔ってなんぞいない! ヒーック!」  酒が飲めるように訓練どころか、酒に飲まれてんじゃねぇか。どこが酔ってないんだよ。顔真っ赤。その真っ赤な頬に手の甲で触れて撫でると、まるで猫のように首を傾げてクスクス笑ってる完全な酔っ払い。 「んで? 何杯飲んだ?」 「いっぱいだ!」  どっちだよ。なんで、えらそうなんだよ。発音が「たくさん」のほうになってるけど、あんた、全然飲めないくせに複数杯飲んだのかよ。 「い、い、一杯です!」  正確な答えをくれたのは荒井さんだった。顔を要みたいに真っ赤にして、なんでか照れながら人差し指を一本、ピンと立てて、鼻血でも出そうなのか、顔半分を手で覆い隠しつつ答えてくれる。 「一杯で、こんなに? 要、何飲んだんだ」 「あ! 私のだぞ!」 「もう入ってねぇじゃん」  ほんの少しだけ残してあった「何か」を飲むとシロップみたいに甘く感じられた。たぶん、カクテルとかなんだろう。それでこんなに酔っ払ってんのか? 「高雄が来たら乾杯しようと思って取っておいたのに」  ぶぅ、って真っ赤な頬を膨らませて怒ってる。これ、本人ちゃんと記憶消えてるといいな。じゃないと、明日の朝、消えてしまいたいって自己嫌悪に陥ってそう。俺の前でならいいけど、きっと部下の前でこの膨れっ面は本人的にアウトだろ。俺としても、アウトだけど。 「要は水な」 「まだ飲める!」 「飲めねぇよ。酔っ払い」 「酔ってなんぞ」  いるだろ。その真っ赤で柔らかい餅みたいな頬を抓ってから、折り曲げた指先の外側でなぞってみると、まだ外の寒さが残っていたのか、少し温度の違う指先にまた気持ち良さそうな顔をした。 「こ、こっちが、酔っ払いそう、なんですけどっ! けど!」 「お、俺も……なんか、腹いっぱいっす」 「……ほほほ」  なんでか先輩だけ朗らかに笑ってた。ほほほって、少し意味のわからない笑い方だけど、目を細めて、仏様みたいに笑ってる。そして、荒井さんと山下は、のぼせたみたいに顔を真っ赤にしながら、視線のやり場に困ってる。 「私は酔っ払っていない!」 「はいはい、わかったから、要は暴れるな」 「私はっ! んぶ……んぐっ……なんだこれ、美味しいな」 「ただのから揚げ。ほら、ちゃんと食わないと、酒がまわるぞ」  本当はキスで口を塞ぎたいけど、職場で俺たちのことを隠してないにしてもそれは無理だろ。俺たちが男女であっても、ここが個室だろうがキスはさすがにアウトだろ。  もぐもぐと嬉しそうにから揚げを食べる要が可愛かった。食べてるところが可愛くてじっと見つめてると、目が合って、少し照れながら笑顔を向けてくれる要がたまらなく愛しかった。 「ラブがすごいね、ふたりとも」  そりゃあ、溺愛してるからな。 「ご、ちそうさまです」  もう食べないのか? なんて、そっちの意味じゃねぇのに、酔っ払ってる要が天然度数がかなり上がっていて手に負えない。 「なぁ。高雄」 「?」  荒井さんがひとつ咳払いをして、話題を、というか視線を俺たちから他へと移した。営業の話、彼氏の話、バレンタインの話、とにかくこのままじゃのぼせるからと必死だ。 「高雄」 「ん?」  隣で話題に混ざったり、昼間あまりロクに食えてなかったから、飯がっついたり、普通の飲み会に、普通に混ざってたら、クンと裾を引っ張られた。 「飲み会、楽しいな」 「……」  そう言って、涼しげな目元をふにゃっと蕩けさせながら笑う要に、俺は普通にときめいていた。

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