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新居、決めました篇 4 可愛いすぎる人
新居、要はこの前見てたところがいいって言ってたっけ。
小さなくしゃみと一緒に、つい、「さみぃ」って愚痴が零れた。肩を竦めて、夜道をひとりで歩いてたら、そりゃ、ぼやいてみたくもなる。
「……」
ひとりでいるのが寂しい、なんて思うことがあるんだな。あー、でもそんな自分に気がつくとちょっとだけ笑えるかもしれない。要と一緒にいて、帰り道、ひとりになると、この気持ちのやりとりがずっと続く。寂しいと思う自分と、寂しいと思っていることに驚いている自分。
ずっと、一緒にいたいと切に願う自分。
――送るよ。
要に送らせるわけねぇじゃん。もし送ってもらったら、その帰り道が心配で結局着ついて歩くから、もうひと晩お泊りが決定だ。
でも、まだ俺たちは別々の部屋だから、帰らないといけない。明日は仕事だし。あぁ、そういえば、俺、今週って出張しないといけなかったっけ。一泊二日で打ち合わせと工場見学とあるんだった。営業とあと要への土産、何にしようか。そのまま帰りに要のうちに行けたら行きたい。んで、新居のことも少しゆっくり話せたら。
帰り道、大丈夫か? なんだか、高雄がいなくなったら、静かすぎる。
要のことを考えながら帰っていたら、それを知っていて、俺の中で会話に混ざるかのように、要本人がメールをしきた。
静かすぎるって、それじゃ俺がうるさくしてるみたいだろうが。帰り道大丈夫か? って、あんたじゃないから平気だっつうの。あんたがひとりで夜道を歩いているほうがよっぽど心配なんだけど。
クスッと笑って、それがまだ冷える夜の空気に白く溶け込んだ。
――いっしょに住むようになったら、うるさいかもな。
――ぜひ、そう願いたい。
――今度、物件見学させてもらおうぜ。
今のところ、現自宅になっているアパートが見えてきた。単身者用のアパート。要のところもふたりで住むには少し手狭だ。
――是非、見学に同行、宜しくお願いします。
次の部屋はふたり用。っていうか、要のやつ、今更緊張してるのか? 急に文章に硬さが増した。きっとベッドの上で正座でもしながら、スマホの画面を睨みつけつつ打ってるんだろ。想像しただけで可愛いんだけど。そして、思わず笑った時だった。
「思い出し笑いなんてして、スケベだなぁ」
そう声をかけられた。目の前、うちのアパートの前のところの花壇に腰を下ろして、街灯がちょうどないところにいるせいで顔がよく見えないけど、すぐに誰かわかった。
「……!」
声を聞いて、誰なのかはすぐにわかった。でも、こいつがここにいるわけがなくて、驚いて、一歩近づいて、顔を確かめる。
「おまっ」
「よっ! ただいま」
ふわふわとしたパーマをかけた髪は明るい茶髪で、耳にはピアス、服装もラフで、ジーンズのポケットに突っ込んでる手にはジャラジャラと無骨な指輪をしている。いかにも遊んでそうなチャラ男。
「おにーちゃん」
「豪(ごう)」
今、海外にいるはずの弟、豪が、そこにいた。
「へぇ……兄貴の部屋、せまっ! っつうか、日本のサラリーマンって、こんな狭いトコに住むくらいの給料しかもらえないの? うわぁ、俺、就職向こうにしようかな」
アメリカに行くって突然自分で全部手続きを済ませ、とっとと渡米した、少しちゃらんぽらんな弟。最後にこいつと話したのって、いつだっけ。昔と変わらず、マイペースでどうしようもなくチャラくて、そして、我儘。普段は面倒くさがりで適当な性格をしているくせに、自分の欲しい、やりたいと思ったことだけは別で、そんな時だけ周囲が腰を抜かすほどの行動力を見せる。
「お前、こっちに戻ってくんのか?」
「んー」
「正月、連絡もいれないで、今、こっちに帰って来てること話してんのか?」
「なんか、兄貴、丸くなった?」
無邪気にそんなことを聞きながら首を傾げた拍子に、派手だと感じるくらいに明るい茶髪がふわりと揺れた。
「なんか、昔よりもしっかりしてる気がする」
「お前に言われたくねぇよ」
顔だけならそっくりらしい。こいつがでかいのか、四つ違いのくせに、体格がほぼ同じで、顔もそっくりで、街中を一緒に歩いていると双子だと思われることもあるくらい。声も似てるって言われたっけ。でも、唯一違うとしたら、この性格だろうな。面倒臭がりなのは一緒だけど、こいつの面倒臭がりはものすごくて、俺なんて可愛いものだ。
「っていうか、なんで、うちに来たんだ? 実家に」
「えー? やだよ。あんなド田舎」
「……は?」
「こっちで就職しようかなって思って戻ってきたんだけど、ホテル暮らしじゃ金もたないし」
は? だから、実家に帰れって言ってるだろ。田舎で、お前くらいにチャラいとかなり目立つだろうが、そんなの俺が知ったことか。めんどくせぇ。うちを仮住まいに選んだんならそれこそ無理だからな。ここは単身者用のアパートなんた。見ての通り狭いし、単身じゃないって管理人に思われると色々面倒なんだよ。
「だから、ここにしばらくいさせてくださぁい」
だから、お断りだっつうの。
「うわぁ……どうしたんですか? その顔」
月曜の朝、出社と同時にげっそりした俺の顔を見て、荒井さんが声をかける。
「あ! もしかして!」
「そういうんじゃねぇから、荒井さん」
寝不足な顔を見て、その寝不足の原因を閃いたって顔をした荒井さんに即座に否定しておいた。別に要とラブラブしていて寝不足なわけじゃない。
あいつが、あのバカ弟がうるさくて眠れやしなかった。こっちの女の子はあーだこーだとか、向こうの女はあーだこーだ、基本、女のことをずっとひとりでしゃべってやがった。ホント、疲れる。
「はぁ」
そうだった。長年、あのバカ弟の顔を見てなかったから忘れてた。あいつは基本、下半身で物事を考えてるような、無類の女好きだった。
「庄司!」
営業課の一番奥、全体が見渡せるところから名前を呼ばれ顔を上げて、真っ直ぐ真正面。
「はい」
「ちょ、ちょっといいか?」
怒った顔になっているのは照れているのを職場では出せないから。もうここの課の全員が俺らのことを知っていても、酒の席で目が据わった状態で思いっきり惚気ても、職場じゃ上司と部下っていう一線をしっかり濃く引く、真面目な要が、席を立ち、こっちに来いと暗に示す。
「どうかしましたか? 課長」
「あ、えっと、その……」
そして近くに行くと、一気に表情が変わる。俺がこの人のプライベートエリアに来た瞬間、上司と部下のラインが消える。
「昨日、話してだろ? 新居のこと。見学って。もう一度間取りとかを一緒に見たいと思ったんだ」
頬を赤らめて、夜、一緒にいたいってストレートに言うのはまだ照れるみたいで、あれこれと理由を無理矢理くっつけて頑張っている。
「でも、私はこれから外出で直帰だから、その、今夜、そっちに」
こんな可愛い人、ヤバいだろ。
「あー、ごめん。今日、ちょっと無理なんだ」
「……ぁ、そ、そうか」
あの下半身バカのセンサーが反応しそうで、そのくらいこの人が可愛いから、ちょっと。
「ごめん、要」
ちゃんと隠しておかないとって思ったんだ。
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