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新居、決めました篇 7 救助

「っふ、ざけんな!」  また走ってる。  今度は、高級ホテルじゃなくて、自宅アパートへ全力疾走で走ってる。あの時は俺から離れた要をさらうため。今は要を守るために、心臓が破裂しそうなくらい過剰運動しているのを感じながら、もう息ができないくらい、苦しくてたまらない中、それでも足を止めずに走ってる。  不良の選別を死に物狂いで終わらせて、そっから電車に飛び乗って、新幹線降りてから駅構内をバカみたいに駆け回って、飛び乗るように電車に乗って、途中、終電乗れないかもってずっと今どこを走っているのか案内の画面を睨みつけてた。 ――もしもし? 兄貴? 兄貴の彼氏って、すっげぇ美人だね。  冗談じゃねぇ。あの下半身バカ。 「っくそ!」  横っ腹が千切れそうに痛くて、自分の手でそこを鷲掴みにしながらそれでも走った。  要に指一本でも触れてみろ。半殺しどころじゃ済まないからな。下半身使えなくしてやる。 「要っ!」  今回は自分の部屋だから入れてもらう必要なんてない。鍵開けて、チェーンかかってたら、そんなの扉ごとぶっ壊して入ってやる。 「かなっ!」 「うわー! 帰ってきた! 兄貴っ、助けてぇぇぇ」 「……め?」  扉を開けて靴も脱がずに飛び込んだ自室。 「ほーら、本物がいただろうが! お前はいったいなんなんだ!」 「だーかーらー! 弟の豪だってば」 「ごぅぅ? さっき、高雄だと自分で名乗っただろうがぁ! あ、靴脱いでないぞ! こら! ここは部屋の、ヒック、中だぞ!」  しゃっくり、した。 「靴は玄関で脱ぐものだっ! ヒック」  ほら、またしゃっくり。そして、真っ赤な顔。部屋の隅にはなんでか豪が、俺が引越し用にって準備しておいた荷造りの紐で縛られて半泣き状態――って、なんだ、これ。 「ん? んんん? あ! 本物だ! 本物の、高雄だ!」 「……あんた、酔っ払ってんの?」 「はぁ? 酔っ払ってなんてい、なぁいっ!」  いや、酔っ払ってるだろ。これで酔っ払ってなかったら、なんなんだよ。すっげぇ、目が据わってるぞ。 「おい、バカ豪、どうなってんだこれ」 「これは豪じゃない! 偽高雄だ! 高雄!」 「はいはい」  完全な酔っ払いだ。そして、テーブルの上には買った覚えのないチューハイの缶が転がっている。つまり、あれを要が飲んで酔っ払ったってこと、なんだろう。 「豪?」 「もう……しないから、紐、解いてよー」  本格的に泣き出しそうな豪を指差して、要が、だからこれは豪じゃなくて、高雄の偽者だと頑なに主張し続けていた。 「っぷ」  思わず吹き出すと、ようやく解放された豪が要を警戒しつつも、笑い事じゃないと必死に訴えていた。  必死だったのはこっちのはずだったのに。豪が要のことを気に入って押し倒すんじゃないかって、必死になって走り回って帰ってきたっつうのに。まさか豪を助けることになるとは。 「バーカ」  要は今、俺のベッドで眠ってる。寝顔はいつもみたいに可愛くて、何時間でも見ていられる天使みたいなのに、起きてる時はそりゃあもう大変な暴れっぷりだった。 「兄貴の彼氏、最強だな」 「……あぁ」  最強だろ? 親ですら聞き間違える声をちゃんと聞き分けたんだから。  豪は昨日、パスケースを届けに来て、帰らされる間際、要を見つけたらしい。美人なリーマンだなぁって、あれだったらいけるかも、なんて本当に下半身でしか何も考えてないようなことを思いながら帰宅して、翌日、その美人リーマンが俺の元を訪れてピンと来た。どう見ても俺の服よりもワンサイズ小さな着替え、それと二本並ぶ歯ブラシ、ペアのマグカップ、その全ての持ち主はこのリーマンだと。  だから、ちょっとした悪戯を思いついた。  俺の名前を玄関の向こうから呼ぶ要に自分が誰かと悟られないために部屋の明かりを消して、部屋へ招き入れると、すぐに目隠しをした。  驚いた要の背後に回り込んで、少しでもわかりにくくなるように低く聞き取りにくい音量でボソッと話す。もしも目隠しを取っても、部屋は暗いからすぐにばれることはない。声だって真似ているんだから、きっとこの美人リーマンんは自分の恋人と間違えるだろうって。何もなかったからいいけど、けっこうな最低っぷりだ。  でも、要は。 ――誰?  そう言った。俺じゃないとすぐにわかった。 ――俺だ。高雄。 ――違う、高雄じゃない。 ――なんでそう思う?  だって、声が違う。即答だった。親でも全然聞き分けられない声を聞き分けて、確信を持って俺じゃないと否定した。  豪もそこまでバカじゃない。高雄だと間違えないほど、俺のことをよく知っていて、声を聞き分けられるほど、俺の声をよく聞いているような相手を押し倒すほどの鬼畜じゃないよと言って、笑っていた。そのあと、要が一口飲んだチューハイの結果がどうなるのかなんてことまでは、もちろんわかっていなかったけれど。 「たった一口で豹変すんだもんな」 「要は飲めないからな」 「飲めないってレベルじゃないし」  口を曲げてぼそっと文句を溢し、靴を履いてから、ふっとひとつ溜め息をつく。 「でも……うん」  どうやら、酒を飲んで酔っ払った要に絡まれ、いくら弟の豪だと言っても、部屋を訪れた時には高雄だと言っていたじゃないかの一点張りでどうにもならなかったらしい。 「なんか、面白い人だった」 「……」 「今までの兄貴の恋人ン中で一番良いかも」 「バーカ」  肩の所をちょっと強めに殴ってやる。要を驚かせて、俺をビビらせて、こんだけ走りまわしたお返しに、一発肩パンで許してやった。 「今までのじゃねぇ」 「え?」 「要が最初で最後だ」  俺のたったひとりの、唯一の「恋人」だ。 「うわ……すげぇ、キモ」 「うっせぇよ。恋人もいないお前にとやかく言われたくない。いい加減、落ち着け。女のケツばっか追いかけてんなよ。今夜、だって」 「んー、実家行く。今日は、漫画喫茶とか行ってオールして、始発で実家に戻る。兄貴の……男だから、義理の姉さんじゃないのか、なんだ? お兄さん?」  どっちでもねぇよ。性別なんてとっくに関係なくなってる。 「なんか、さ」 「なんだよ?」 「……なんでもない」  はぁ? そう言って、ちょっとだけムッとすると豪が楽しそうに笑っていた。笑って、無邪気に手を振って、でかいバックパック背負って、実家へと向かった。

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