あんた、なんなんだよ。そう、何度も思ったけど、ホント、何者なんだよ。 　本当に似てるらしい。俺も、バカ豪もそう思ったことは一度だってないけど、でも、友人、親戚だけじゃなく、親だって聞き分けられないほどにそっくりな声をどうやって聞き分けたんだ？　なぁ―― 「要……」 「ん、ぁ……ぇ？　え、ぁ？」 　酔っていたから？　それとも、何か不安があったりして、眠りが浅くなった？　いつもならたった一度名前を呼んだくらいじゃ絶対に起きないのに、今、目を覚まして、でも、暗いままの視界に戸惑っている。 「ぁ……これ」 　そして、またしても塞がれた視界。それが何か確かめようとして、目元を覆っている俺のネクタイに触れた。 「要」 「ンっ……高雄？」 　間違えなかった。俺を豪だと間違えたり、さっきあのバカ豪が仕掛けた悪戯の延長だと思うこともなく、背後から近寄って耳元で低く呟く声を俺のものだと判別した。 「あの、なんなんだ？　これ」 「どうして、豪じゃないって、わかったんだ」 「ぇ？　ぁ……あぁ、豪って、高雄の弟さん？」 　豪が本当に実在する俺の弟で、さっきの悪質な悪戯はそいつの仕業だと瞬時に納得している。 「だって、声が違うじゃないか」 　そして、俺の声を耳だけで辿って、起き上がると、背後から覆い被さるようにしていた俺の目の前にちょこんと座った。その時、ようやく、自分がシャツしか着ていないって気がついて、見えないまま指先だけでシャツの裾を辿り、脚の付け根付近が見えないようにと一生懸命に手で隠す。ちゃんと隠れているのか、そうでないのかも、視界の閉ざされた要にわかるわけがなくて、必死に裾を延ばしてる。 「似てるだろ？」 「全然違う。あ、あの、さっきの、弟さんに俺は失礼を」 　いいんじゃない？　あっちこそ、どうしよう、って思ってるかもな。確実に犯罪だったんだから。 「それより、声、そんなに違う？」 「違う」 「どう違う？」 　視界が塞がれた要は必死に俺の声に耳を傾けるため、意識を鼓膜にだけ集中させるため、少し俯いて、耳を目のように出来るだけ高い位置へと持って行く。 「だって、もっと低くて、色っぽく、ン……ぁ、高雄っ」 　指先で太腿の内側を触ったら、ネクタイで押さえつけられている頬を途端に赤くして、耳も同じ色に染めている。 「あ、や……高雄っ、ン」 　俺に触れたいって伸ばされた手から逃れるように、ちゃんと見えている俺はその手をどかしながら会話を続けた。 「や、意地悪しないでくれ。不安なんだ」 「見えないから？」 　尋ねたら、フルフルと首を横に振っている。唇を噛み締めて、一度何かを堪えるように飲み込んでから、甘い声を紡ぐ唇を薄く開いた。 「不安なんだ……わかっているはずなのに、不安になる」 「要？」 「気持ち悪いと思われるかもしれないが、見に来て、しまったんだ」 　ここに、アパートにもしかしたら自分以外の誰かがいるんじゃないかって疑ってしまった。突然、来られるのはまずいって反応を返す俺に不安になって、仕事の後、つい、直帰するって言い訳をしてまで来てしまった。 　そして、出張でいないはずの俺の部屋に明かりがついてるのを見て愕然とした。誰かがいる。単身者用、しかも女性専用でもないアパートなんて外から不在かどうか丸見えみたいなもんで、玄関扉の横の窓に煌々と明かりが灯っているのを見て、誰かが、恋人である自分ではない誰かが、留守番を任されているって、思った。その瞬間、指先から体温が失われるほどショックだった。 　どうしても震えてしまう指でチャイムを押すと、電気は慌てたように突然消えて、そして扉が開く。 　誰？　そう言ったけれど、答えはなく、手を引かれ、声を出す暇も抵抗する隙もなく目隠しされ、背後の退路を誰かに絶たれた。 「誰だ？　って尋ねたら、高雄だと答えた。出張が早く終わって、さっき帰ってきたところだったって、会いたかったって」 　泥棒、ではない。もしそうなら、こんなに悠長に身構えていないだろうし、目隠しをした時点で逃げてしまうだろう。でも、この人物は高雄ではない。それはたしかだ。声が俺のものじゃなかったから、もう一度、誰だ、と尋ねた。 「わかるに決まってる。高雄の声を俺がわからないわけがない」 　響きも、低さも、発声の癖だって、全部、ちゃんとわかるんだ。そう迷うことなく言われてゾクゾクした。 「き、気持ち悪いか？」 「は？　なんで？」 「ほんの少しのことで不安になって押しかけたりして、こういうの恋人にされるのは少し怖いし、気持ち悪いだろう？　迷惑だろうし、負担だろうし、何より……重い」 　ゾクゾクしすぎて上せそうだ。 「でも、どうしたらいいのかわからないんだ。初めてだから、気持ちのコントロールが上手くできなくて、その」 　まるであんたの中にいる時みたいに身体が熱くなって仕方がない。 「その……」 「何？」 「高雄のこと」 　今、どんな瞳をしてるんだろう。その口元は困ったようにきゅっと結んで、それから何か言いたいことがあるのか一度開いて、また、閉じた。 「な、に？」 　俺の声が興奮で掠れてる。自分で自覚したことなんてない。自分の声がどんな風に響いて、どんな音程で、どんな口調なのかなんて、当たり前のことすぎて気にしたこともないけど、今、自分が発声をする度にこれを要が誰よりも聴いているって、意識してしまう。 「高雄のこと、本当に独り占めしたい」 「……」 「早く一緒に住みたい、なんて、重っ」 　ドサッと音を立てて要の身体が再びベッドに沈む。シャツの裾がめくれて露にならないようにって、ぱいぱんのエロいそこが要にも今は見えてないそこが見えてしまわないようにって、慌てて隠そうとする手を捕まえ、束ねて、ベッドに押し付けながら、細い身体の上に乗っかった。 「要」 「っ」 　目は見えていないけど、きっと真っ暗闇の中でも世界が反転しただろ？　押し倒されて、寝転がって、そして、真上から見つめられてるってなんとなくわかった？ 「重い？」 「っ、ン……重くない、高雄の重さ、気持ちイイ」 「同じだよ」 「違っ！　そういう意味じゃなくてだなっ」 「同じだ」 　あんたが俺を想う重さが俺にとってはすげぇ気持ちイイコトなんだ。あんたが、その華奢な身体で受け止める俺の重さと同じように。 「ン、ぁ、高雄っ、ほ、ホント、にか？」 「？　何が？」 「本当に、気持ち悪くないか？　面倒で、き、きも、きもくない、のか？　イヤじゃないのか？　初めてのことばかりで、俺はお前に比べたら」 　あんたは知らないだろ？　俺以外の男のことも、恋も、セックスも何もかも初めてのあんたが、もう他なんて知りたくもないと思うほど、俺でだけ気持ち良くなって欲しいと思っていることなんて。 「全然？　そんなの、イヤなわけねぇじゃん」 　むしろ、もっと重くても、きっと俺は気持ちイイよ。 「ん、高雄っ」 　もっと重くていい。