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新居、決めました篇 11 プルプル

「物件、不動産屋に電話してみないとだな」 「……」  要が見つけれくれた物件を見学しようって電話で話した夜に、あの下半身バカがうちへ来たせいで、その話が中途半端になったまま止まっていた。  早く連絡してみないと、今、二月だろ? ってことは、新生活とかで部屋を探している奴は多いだろうから、好条件のところからどんどん決まっていくかもしれない。 「今週末は? 要、何か用事ある?」 「……」 「要?」  一緒に風呂に入ってた。ほら、この風呂だって、単身者用だから、すげぇ狭い。風呂用の椅子を置くと邪魔になるから、洗面所に置いて、脚を折りたたんで体育の授業でも受けるみたいに小さく丸まった要を脚で囲うようにしながら、背中を流してた。  要の髪を洗うのがすげぇ好き。柔らかくて、水で濡らすと急につるりとした質感に変わって、洗っているほうが気持ちイイ。それに楽しい。いつもなら、すげぇ敏感な要が頭を洗われるっていうか、髪に触れられることにも気持ち良さそうにして、顔や耳朶だけじゃなく、華奢な肩まで真っ赤にしてプルプルしてるのに。 「……」  今日は肩ががっくりと項垂れている。 「要? どうし」 「どうしよう……」  そう、ぽつりと呟いて振り返った要の目が潤んでた。 「要、どうした?」  眉を八の字の下げて、悲しそうに力なく背中を丸めて、その瞳は不安そうに俺を見つめてる。 「かな」 「俺、弟さんを縛り上げてしまった」 「……」  そこ? 今、そこ? 「他にも足蹴りして、チョップして、そこらにあった紐で縛り上げて、最後、脚でぐっと絞るくらいにきつく縛ってしまった」  あ、けっこう、本気でどついたんだな。あいつびっくりしただろうな。そんで、びっくりしている間に縛られ床に転がされて。 「それだけじゃない! 俺は、顔をこんなに近づけて、貴様は誰だ! なんて、問い詰めてしまった。あと、もうひとつ」  くるっと、身体をこっちへ向けた拍子に、泡だらけの頭から泡が散らばった。でも、そんなのおかまいなしで、要は自分が丸裸でパイパン下半身丸出しなのを忘れてるかのように、俺にずいっと近づく。いつもは少し恥ずかしそうに頬を赤らめるくせに、困ってしまったって泣きそうな顔を、キスとほぼ変わらないところまで近づける。  びっくりして目を丸くした俺。  どうしようと泣き縋る直前の要。 「いいんじゃね?」 「!」  その顔をくっつけて、ちゅ、って可愛いキスをひとつした。 「んな! 良いわけあるか!」  まぁ、たしかにけっこう激しくどついたなとは思うけど。 「いや、豪のほうこそ悪いだろ。あんたのこと、押し倒そうとしたんだぞ」  俺は、要がそんなになるとは思ってもいなかったから、ちょっと驚きつつ、内心別のことを考えてた。もしも、俺にいるのが弟じゃなくて妹で、早とちりする要がその妹を恋人、もしくは浮気相手って勘違いしたら、俺が紐で縛られて、足蹴りされて、あと、なんだっけ、チョップだっけ、されてたりすんのかなって。要のそんなとこも楽しそうで見てみたいなんて考えてた。  でも、浮気することはないし、妹はいねぇし。 「押し倒すって……まさか!」 「そのまさか、きっと、要のことを」 「俺は男だぞ?」 「あぁ」  知ってる。もう何度も胸のうちでそれを思ったよ。それでも、男のあんたのことが、誰よりも好きになった。 「男……なのに、同性なのに」 「要?」 「ずっと、おかしいことだと思っていた」  同性を好きになるのは異端なことだと、真面目って言葉に「クソ」をつけてもまだ足りないくらい、不器用なほど真面目な要は、思っていた。 「でも、高雄とこうして好き同士になれてからは、そうは思っていなくてだな」 「あぁ」  だって、そうだろ? 好きな相手が同性だっただけなんだ。あんたが女だとしても、男だとしても、俺はあんたそのものを性別関係なく好きでいる。 「あともうひとつ、どうしようって困ったことをしてしまったんだ」 「?」  恋人の弟を縛り上げて、蹴って、チョップして、怒ったこと以外にも? 「高雄のことが好きだと言ってしまった」  真っ直ぐに俺だけを見つめて、真っ黒な瞳の中には驚いた顔をした俺が映りこんでいる。きっと俺の瞳は頭の上に帽子のようにも見えるほどの泡を乗せた楽しいシルエットの要がいるはず。 「その、家族に知られてはいけなかったかもしれないのに」 「なんて、言ったの?」 「っ」  俺の問いをネガティブなほうに捉えた要が、きゅっと唇を結んで、肩を竦めた。 「縛り上げた後、言ったんだ。高雄の声と間違えるわけがないだろうって」  けれど、生まれてからずっとそっくりそっくりって言われ続け、親もたしかに間違えるほどに似ている自覚のある豪はどうして区別できたのか不思議で仕方がない。どうしてそう言い切れるんだって、要に訊いた。 「とても大切な人で、その声を聞いただけで、幸せな気分になれる。だから、今、お前の声を聞いても幸せにならないから、違うって」 「……」 「そう言ったんだ」  あぁ、ホント、マジでどうしよう。 「も、申し訳ない」 「要」 「は、はいっ!」 「愛してるよ」 「……」  額をこつんって当てて、頭の泡がツーッと流れて、滑りやすくなった背中をきつく抱き寄せる。クソ狭い風呂場を窮屈には感じなくなるほど身体を密着させた。 「高雄?」 「?」  少しだけ腕の力を緩めると、笑えるくらい頭に泡を乗っけた俺の愛しい上司が、おずおずと、勝手にしてしまった恋人宣言を怒っていないのかと、心配そうに訊いてくる。  怒ってるわけねぇじゃん。嬉しいに決まってるじゃん。 「最高……」 「え?」 「最高に嬉しいよ」  ようやく、プルプルした。目元を潤ませて、頬と耳朶、それと肩もピンク色にさせて、そんで……へぇ、知らなかった。 「要のこと、すげぇ、好き」  そういう反応をしている時、下半身もちゃんと反応してたんだな。 「たか、ン、ひゃぁああっ!」 「エロくて、可愛い要が世界一、誰より好きだ」  パイパンでツルツルな肌にまで到達したシャンプーの泡を掌にまとい、しっかりと反りかえっている要のペニスを洗っているような、先走りを滲ませてるから洗っていないような。 「言っただろ? 俺は隠すつもりはないって」 「で、でも、それは」 「それは家族にも、だ」  深く口付けて、掌でピンク色のペニスを握って扱くと、甘い甘い蜂蜜みたいな声が零れる。その声が極上に美味いから食べるように、もっと舌を差し込んでやらしく口の中を荒らしながら、足をもう片方の手で開かせた。 「高雄っ」 「俺の家族にも隠すつもりはねぇよ」 「あっ、ン……ぁ、高雄っ」 「新居、だろ?」  キスをしながら、その開かせた脚の間に陣取ると、要の肩だけじゃなく、膝も全部、どこもかしこも綺麗な花の色をしていた。 「ん、新居、だっ」  俺は嬉しくて、ただ、嬉しくて、一生離さないって思いながら、愛しいピンク色の肩を強く抱き締めていた。

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