61 / 140
新居、決めました篇 12 つくね三十本でこのお値段?
新居はけっこうすぐに決まった。日当たり良好、駅からは歩いて十分かからない。スーパーマーケットは薬局も入っている大型店がある。家賃もお手頃価格。
「今日も良い天気だなっ」
これだけの好条件にもかかわらず、家賃がお手頃な理由は、そう言って笑いながら不動産屋の営業がカーテンを開けたら、眼下に広がる……でかい墓地。これがあるせいで空いていた好条件物件。なるほど、それでこの前の飲み会で新居の話を要が荒井さんたちとしていた時、俺が気に入るかどうかを気にしていたのか。でも、要も墓地があるとか、怖がったり、気にしそうなのに、この物件を見つけたのは要だった。
内覧後、墓地が横にあるけどって訊いてみた。そしたら「墓地っていうのはご先祖様がいるお墓だから、悪いものを寄せ付けないんだぞ」ってまさかの返しに驚いたっけ。
ビビりそうじゃん。お化け系とか。
でも、どっちかといえば、好き、なんだそうだ。
人は見かけによらない、よな。
「要……」
「高雄、おはよ、と、わっ! ちょっ」
鬼課長が実は、パイパン、だなんて。
「ぁ、ちょ、高雄っ、ぁン」
堅物上司が実はすげぇ敏感で、エロくて、可愛い、だなんて。
「ダメ、朝食を」
「俺のシャツ一枚で、生足のまんま寝起きの俺の前に立つあんたが悪い」
「やぁン」
パイパンな下腹部を撫でると、朝にはあまり似つかわしくない甘い声が俺の下半身を刺激する。重く熱く、興奮がそこで身じろいだのを感じた。
「高雄が、昨日、これを着ろって言ったんじゃないか。寝るって言っているのに、パジャマの代わりにしろって」
セックスして、ふたりで広くなった風呂に一緒に浸かって、湯上りの色気をムンムン漂わせてるあんたが悪い。彼シャツさせたくなるだろ。なんだ、この綺麗で美味そうな生足。マジで、齧るぞ。
「やぁぁン」
齧るのは我慢して、吸い付くと、俺以外には誰も見ることのかなわなかった、甘い甘い、蜂蜜とバターと砂糖でできたような甘い声をあげて、要が全身をピンクに染める。
「いただきます」
「あ、ちょ、高雄、ン、ぁ」
「要のここ、まだ、ほら、柔らかい……」
朝食、にしては甘すぎるけど、でもすげぇごちそうだなって笑って、そのまま首筋に齧り付いたら、やっぱ、あんたってすげぇ。
「め、召し上がれ」
そう言ってはにかんでた。
『兄貴ぃ、なんで、新居の住所教えてくんないの?』
豪は本当に実家に帰った。そして、実家の最寄駅、つっても、車で一時間近くかかる駅のところにある英会話スクールの講師になり、イケメン講師なんて言われチヤホヤされているらしい。本人もこっちに戻ってきて大正解だったかも、とかほざいてるらしい。そのうち生徒に手を出して首クビになるだろって鼻で笑ってやったけど、でも、それがそうでもない、らしい。
「お前が押しかけてくるからだよ」
『えぇ? 行かないって、俺だって空気くらい読むって』
じゃあ、この電話も切りたいのをわかれよ。今、夕飯の買い物の真っ最中なんだよ。今日は要が外で打ち合わせで遅くなるから、それまでに夕飯作っておいてやりたいんだっつうの。
『っつうかさ、要さん……』
「あ? 要のこと狙ってるんなら」
その時、ちょうどタイムセールを知らせるアナウンスが店内放送で聞こえてきた。と、同時に人々がそっちへと流れていく。俺も、それを狙ってたんだっつうの。焼き鳥三十本の激安セール、それの、要の好きなつくねを狙ってる。
『違う違う、そうじゃないし、もしそうでも入れないっしょ』
「……入れさせるか」
『入れる入れないって、やらしいなぁ』
「バーカ、お前はどこの思春期中坊だ」
いちいち下ネタに捉えてんじゃねぇよ。それに俺はお前と長電話をするほど話したいことはない。
『じゃなくてさ』
「なんだよ。早く言えよ」
『兄貴がタイムセールに焦るとか、奥様みたいなことを普通にできちゃうくらい、なんつうの? あの兄貴が? あの、いっつもメンドクサイって言葉で適当にしかしない兄貴が、タイムセールを待つなんてメンドクサイことをできるくらいの恋っつうのを俺、』
「じゃあな」
話が長くなりそうだからとりあえず切った。こっちはセール待ちしてんだよ。お前は見たことないからわからないだろうが、つくね串を頬張る要とか、もう、マジで一生懸命すぎて可愛いから。
それに、母親から聞いた。
豪が変わったって。あんなに中学高校とヘラヘラ女の尻ばっか追っかけてたチャラ次男坊がチャラチャラしてないって。うちに居候している時、ひっきりなしに連絡が来ていた女友達というか、すーちゃんだ、なんだかんだといた彼女たちが消えた。スマホも静か、毎日ちゃんと車で片道一時間のところにある駅前で講師の仕事をしている。
どこかで頭でもぶつけたんじゃないだろうかと、実の母に逆に心配される変わりよう。
でも、きっとそのきっかけは要だろ?
要はすげぇ嬉しそうな顔をして俺のことをいつでも話すから。お前もそんな顔を誰かにさせて、そして自分もしてみたいと思ったんだろ?
――とても大切な人で、その声を聞いただけで、幸せな気分になれる。
俺もやられた。あの笑顔は、ヤバいだろ。あの笑顔を一生見ていられたらと願わない奴はいないだろ。
要が俺を本気にさせた。
そして、豪も本気になってみたいと思った。
やっぱり兄弟、なんだろうな。適当が一番と思っていたところも、マジになるタイミングも同じだなんてな。
「うわ、つくね、もうねぇかもな」
そこはもう大変なことになっていた。あそこからつくねを狙って取るのは至難のわざだろ。つうか、電話してなかったらもっと早く来れたかもしれない。
「よし」
でも、どんなに面倒でも、要のつくねを食う時のあの嬉しそうな笑顔が見られるんなら。どんだけ要バカなんだって呆れつつ、照れつつ、人だかりの中へと飛び込んでいく。
昔付き合ってた相手が今の俺を見たらびっくりするだろうな、なんて思いながら、それがまた嬉しかったりして。
「あ!」
最後のひとパックを発見して手を伸ばしたら、手がぶつかった。その手も俺と同じつくねを狙っていて、どっちも必死にそれを掴もうとして。
「「……あ」」
白く繊細そうな手だった。でもその裾がスーツのだったから、つくねの取り合い相手は男だってわかったけど。
「高雄っ!」
「……あんた、何してんの? 頬、真っ赤だけど」
「つくね! 買おうと思って」
は? つくね買いたくて、ここのスーパーまで頑張って走ったとか? 眼鏡が曇りそうなほど息を切らして、一生懸命つくねのために頑張った超スーパー主婦みたいなことをする俺の上司がそこにいた。
「なんで! ずっと笑ってるんだ!」
「だって、笑うだろ。すげぇ必死だったぞ」
「必死になるだろうが! つくねが三十本入って千円でおつりがくるんだぞ!」
ふたりでスーパーの袋を下げて歩く帰り道とかがやたらと楽しい。たまに肩をわざと当てると、ちょっと睨みつけて反撃してくるとこも、つくねが買えたことが嬉しくて、レジでニコッと笑うとこも、それに。
「ただいま」
「おかえり」
「高雄もおかえり」
「……ただいま」
この挨拶のあとに見せるはにかんだ笑顔も、全部が、ヤバいくらいに可愛い。そりゃ、世界中に言いふらしたってまだ言い足りなくてウズウズするくらい、幸せな気分だよ。
「おかえり、高雄」
もう一度、それを言って、最後、締めみたいに唇にくれるキスは甘くて美味くて、最高だった。
なぁ、すごくねぇ? この幸せがずっと続くなんて、すごいことがあるんだぜ?
「おかえり、要」
ともだちにシェアしよう!