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ハロウィンコスイチャ 3 へそ曲がり課長
普段ならめんどくさがりな俺だけど、本気を出したらこんくらいだ。最初の山下考案の三ポーズじゃ無理だったかもしれないけど。印象に残ったほうがそりゃ結果は出るだろ。
優勝は俺たち。もちろん、賞金も俺たち。
「きゃー! 私たちも写真撮っていいですか?」
「ぜひぜひぃ」
胸のでかいセクシー魔女コスをした出場者の女性に囲まれて、鼻の下がのびっただらしのない笑顔が直らなくなった山下と賞金は山分け。
つっても現金じゃないから、ごちそう目当てだった山下がディナー券で、俺は宿泊券。冗談でも、山下と高級スウィートに一泊二日はごめんだ。ルームサービスは有料だと伝えたら、即答でいらないと答えてくれてよかった。
「超カッコいい! あの、上官殿もツーショットいいですか?」
「あ?」
「あ! 私も私も! イエーイ」
「ちょ」
「腕組んでもいいですか?」
「ダメ」
「えええええ? ちょっとだけぇ」
「おいっ!」
人だかりの向こう、見物客の中に要がいた。じっとこっちを見つめて、口をへの字に曲げている。
「ちょ、離っ」
慌てて、女の腕を引っぺがして、追いかけようと。
「それでは! 優勝いたしました! 山下チームのおふたりはどうぞ壇上へ!」
「あ、先輩俺らです」
「は?」
山下チームって、お前、クソダサいな。もう少し、なんかネーミングセンスっつうか。だから、企画書のレイアウトでお前は毎回課長にやり直しをされるんだろうが。
「おめでとーございまーす!」
けど、外周りはすげぇ頑張ってるからか、足腰だけは異様に丈夫な山下に今度は俺がズルズルと引きずられ、壇上へと連行された。
「こちら、優勝賞金のー」
けっこう盛大なコスプレコンテスト。あっちもこっちも面白い人外に扮した人が並んでこっちを見上げてる。それでも、あの人の、あの細く凛とした立ち姿は絶対に見つけられるはずなのに。
「それでは! おふたりに盛大な拍手をー!」
どこにもいなかった。拍手と吸血鬼とゾンビと、カボチャだらけのフロアに、あの美麗な後姿を見つけることは、できなかった。
「くそっ」
なんで、どこにも、マジでいねぇんだよ。
「ねぇ、あ、あの人って……」
小さく遠慮がちなそんな声が聞こえた。
また写真だなんだと見物客に掴まりそうで、舌打ちをして走り去る。散々、さっきまでコンテスト出場者に囲まれて写真撮られまくってたんだ。もういい加減勘弁しろ。顔はできるだけ帽子で隠してたから、それこそ、要がどこにいるのか目で探すこともできなかった。
さっきからずっとそんなだ。
コンテスト参加者はあっちこっちと、ここぞとばかりの高級ホテルの中を闊歩していて、少し異様な光景だった。ついさっきもドラキュラと、そこの角ですれ違ったばかり。
「どこいったんだよ」
コンテストの時まではいた。けど、それが終わったら、もう姿は消えていた。知らない女に囲まれた俺に膨れっ面をしていたのを見たけど。
「要っ」
何度目か、あの人の名前を呼ぶと、ようやく返事をするように、軍服のうちポケットにしまっていたスマホが振動した。
「もしもしっ? 要? おい、あんた、いったいどこにっ」
『もう部屋にいる。来てくれないか? 高雄』
「は? おいっ、かな、」
それだけを一方的に告げると電話は切れた。これは完全にへそを曲げた……んだろうな。部屋って、賞金のってことだろ? 先になんで行ってんだ? へそ曲げて行方不明になって、そんで部屋で不貞寝とか?
「あの、すみません。さっきの」
「はい、コンテストの賞金、スウィートルームでしたら、お連れ様が先においでになられております」
要のことだ。
慌ててフロントに尋ねたら、着替えずにいた俺の軍服が名前がパス代わりになった。
「お連れ様が着替えはせずに部屋まで、と仰っておられました」
「あ、あぁ、どうも」
ある意味シュールだな。
案内を断り一人で乗り込んだエスカレーターには一緒に参加していたんだろう、緑色の肌をした何かの映画の宇宙人と、ゲームのキャラクターが乗り合わせていた。
その二人が先に下りる時「優勝おめでとうございます」なんて挨拶されて、また苦笑いだ。宇宙人に挨拶される軍人って、絵面がさ。
そんな異世界に迷い込んだような感覚がスウィートルームについた途端に消えていく。エレベーターの扉が開いた瞬間から空気が変わる感じ。ほのかに香るウッディー系の香りとラグジュアリーな照明、フラワーアレンジ、それに毛足が長くなんの音もしない絨毯。
「……要」
賞品であるスウィートルームの扉を開けると、真っ暗だった。
「要?」
ここに来いって、言ったんだよな? けど、誰も――。
「かな、」
「……」
背中に触れる優しい衝撃と、胸の辺りをきつく締める腕。
「要? わりぃ、ちっとも来れなくて」
「……」
なんで、真っ暗にしてるんだ? しかも無言。怒ってへそを曲げて、不貞寝じゃないのなら、部屋に入った途端、雷が落っこちてくると思ったのに。
「要?」
さすがスウィートルーム。目の前には一面ガラス張りの向こうに見事な夜景が広がってた。
「山下に言って、手続き頼んで部屋に通してもらった。山下はレストランでディナーを食べてるはずだ」
「ひとりで?」
「知らん。たぶん、荒井とだろう」
「あはは。たかられてやんの」
要の声は怒ってはいないみたいだ。けど、腕は強くしがみついている。部屋の明かりも点けたくはないらしい。
「なぁ、要……」
でも、そろそろ夜目になれて、部屋の様子が少しずつわかってくる。そして、その腕に触れて気がついた。スーツじゃなくなってる。もっと、柔らかくて薄くて、これは――。
「皆が高雄のことを」
「あれは……別に」
「そ、それに、山下の顎、グイッてしていた」
それは、グイ、じゃなくて、クイッ、な? 顎クイ。
「組み伏せて襲い掛かろうとしてた」
それは襲い掛かるんじゃなくて、ダメな新兵を教育するっていうシチュの。
「壁に押し付けて脅してた」
だから、それも、壁ドンっていう。ちょっと古いけど、軍服着て、上下関係あって、っていうシチュとしては一番王道の萌えなんだっつうの。
「……ズルい」
ぐりっと俺の背中をマッサージ強レベルの強さで、要の額がごり押しした。
「俺も、コスプレして、高雄に……されたい」
あ、今、この人、「俺」って言った。完全プライベートモード。しかも重なった背中がじんわりと熱い。きっとすごく欲しいものがあるだろ? 今、要は、さ?
「なぁ、要」
ほら、目が慣れて見えてきた。これ、あんた、何着てんの?
「た、高雄」
白と黒のシマシマ模様。ちょっとさ、ホント。
「高雄、いたずら、してくれ」
あんた、なぁ、何、可愛いおねだりを囚人服姿でしてんの?
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