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王道バレンタインSS 2 発熱課長

 とくに気になる感じはしなかった。あの一瞬だけ表情が暗くなったような気がしたけれど、本当に気のせいだったのかもしれない。  あのあと、特に変わったことはなかったし。今日のデートも別に変なとこは――。 「どうした? 高雄」 「……いや、別に」  いつもの見惚れるほど綺麗ないつもの要だ。 「明日、デスクの上が山盛りになってたりしてな」 「今、それ言う?」  ふわりと微笑んで、クールビューティーって印象を強くする眼鏡を細い指先で押し上げた。  バレンタイン当日、けど、がっつり平日の木曜日、明日なら金曜で翌日のことを気にすることなくデートを満喫できるけどそうもいかない、週後半のサラリーマンにはしんどい木曜日。  けど、この日だけ、バレンタイン限定のイベントがあるからとアミューズメントパークに来てた。俺は、スーツのまんまだけど、会社帰りのサラリーマンの雰囲気が少しでも隠せるようにって、要はスーツのジャケットを脱いで、カーディガンに。  多目的ビルのワンフロア全面がこのアミューズメントパークになっている。光のアート展。細心ホログラムイルミネーションを間近に見られるっていうのがよくいうインスタ映えの流行に乗っかり連日チケット完売状態。比較的平日ならまだチケットに余裕はあるけど、今日、一日限りの限定イベントが催されることになっていた。バレンタインスペシャルイベント。  フラワーシャワーでチョコレートよりも甘い時間を、だっけか?  一時、三時、五時それと八時、時間指定で、光で表現されたフラワーシャワーがあるらしくてさ。  要が喜ぶかなぁって。 「あ、高雄! あっちは蛍と水、だって」 「……あぁ」  がらじゃねぇ。  人多いし、チケット取るのとかめんどくせぇし。  できたのは数年前。要の前、もうずいぶん昔のことに感じるけど、このパークがオープンするって話題になった時、その当時付き合っていた彼女が来たいって、言ってたっけ。  申し訳ないけど、俺はめんどくせぇとしか思わなくて、別のデートで済ませたんだ。  けど、要となら来てみたかった。 「うわぁ……すごいな、これは」  まさに光が踊ってた。  ここに要がいるのを見てみたかった。 「あぁ、すげぇ綺麗」  同意すると嬉しそうに微笑んで、実際には掴むことのできない光の粒を掌に乗せてジッと見つめてる。  蛍の代わりになっている黄緑色をした光はひらひらと実際の蛍以上に華やかに輝きながら、要の周りでとくに色濃く飛び回っている。その光を目で追っていたら、視線が、俺とぶつかった。  目が合って、数秒、ジッとこっちを見つめていた、要が薄暗い中でもわかるほど頬を染めて俯いてしまう。  いつもそうだ。ただ目が合っただけでも、まるで付き合いたてみたいな反応をこの人は返してくる。そして、俺も付き合いたて、というよりも、この人が初めてみたいに、くすぐったくなるんだ。 「おい、要っ」  けど、今日はいつも以上にはにかんで俯いたままだった。薄暗くて、あたり一面は光の蛍が眩しく感じるほどたくさん飛び交っている。皆、その光を目で追いかけるのに夢中で、要がそれを追いかける誰かとぶつかりそうになった。 「あっぶね……」  寸でのところで引き寄せ、ホッと息をつく。 「要?」  その溜め息にこっちが驚くほどビクンと飛び上がり、俺の腕の中から飛び出した。 「す、すまないっ! そのっ、あれだ、あっち! 今度はあっちのジャングルに行ってみよう!」 「……あぁ」  要の指差した先には布がたくさん天井から垂れ下がった森林ゾーンがあった。布に光を当てて木の代わりにしているらしい。足元にはせせらぎのような青白い光が走っているところもある。と、思ったら、ものすごい速さで何かが足元でくるくるとランダムな弧を描いた。たぶん、動物が足元を走り回っているようなそんなイメージ。 「すげぇな。あ、要、ここ上から見ることができるみたいだ」  ちょうど真ん中、フロアの全体を見渡せるように数本のカラフルな布を軸のようにして、葉で覆われた吊り階段があった。歩くところが網状になってはいるから、別に落っこちる心配はないけれど、でも不安定さがすごくて、手すりに掴まってないと歩けそうもない。ぐらぐらと歩くだけで落ちそうなくらい揺れる吊り階段。 「ほら、要」 「!」 「なんか今日はずいぶんドンくさいな」  不安定だけど、手すりは必要だけど、そんなよちよち歩きになるほどじゃない。どうしたって本物のジャングルじゃないんだから。けど、要はずいぶん歩きにくそうだった。でも、登ってはみたいらしい。手を貸すとそっと手を重ねてゆっくり歩き出す。 「要?」 「あ、すごいなっ、うわぁ……」  その手が熱かった。その熱さは、知ってる。まるで――。 「ぉ、降りようか。他の人も登りたいだろうし」 「……」  まるで。 「次はっ、なんだろうなっ」 「……」 「高雄?」 「! あ、あー、えっと、次はメリーゴーランドがあるって」  光がくるくる回転してるのに、そこにきてメリーゴーランドなんて乗ったら、酔っ払いそうだ。光に、眩暈がしそうな気がする。 「あっちだって」 「う、うん。わかった」 「……要、酔った? 気持ち悪いか?」  手を差し出すと首をブンブン振っている。酔ってはいないっていうけど。でも、さっき触れた手の熱は。 「はーい! 二名様ですね! こちらへどうぞー。足元にお気をつけて、しっかり柱を握ってください!」  少しよろけながらもどうにか木馬に乗った要は握っていろと言われた柱に額を当てて、深く溜め息をつく。 「なぁ、やっぱどっか」  具合悪いんだろ。そう訊きたかったのに。スタートを知らせるラッパの音、そして軽やかな音楽と共にメリーゴーランドが走り始める。  くるくる、ふわりふわり。  音楽と光と回転する木馬――それに頬を染めて、緩んだ口元から吐息を零す要。薄っすら赤い頬、さっき触れたら熱かった手、その表情。それはまるで。 「!」  その時だった。  気がつかなかった。ちょうど八時。どこのフロアでも一斉になんだろう。赤、ピンク、白の三種類のハート型をした光が舞った。落ちるような、舞い上がるような、ただの光なのにむせ返るほど、周りが光で溢れていく。 「っ、ン、高雄」 「……」 「高雄……」  その光の中で、要が俺を呼んだ。 「……」  しっかり掴まっていろと言われた柱に頭を預けて、俺を呼ぶその表情はまるで――セックスの時みたいだった。 「も、見れたし、帰ろ?」 「……」 「うちに……」  さっき触れた手の熱は、セックスの最中、俺に激しく突き上げられてしがみつく時のと同じ熱さだった。

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