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王道バレンタインSS 5 王道バレンタイン

 ――俺は何せ初めてばかりだから。その、インパクトというか売り込むポイントが薄いだろう?  そう、ベッドの中、事後の甘いトークと思いきや、なにその、セールスマン的な論点。  ――高雄はたくさんチョコレートもらっただろうし、セクシーな下着で誘惑されたことだってあるだろうし、百戦錬磨だから。  なんだそれ。百戦錬磨って、あんたの中で俺はどういう設定があるんだよ。百人斬りみたいなことになってないだろうな。  ――あれでは、さすがに、ダメなのではと、ここで見直したんだ。  だから、その見積もりみたいな言い方とかさ。そのうちマーケティングだ、ターゲット調査だって言い出しそう。あんたはそれを本気でやりそうだからさ。  あれでいいよ。 「え、でも」  あれが、いいんだ。 「あれは」  あんたとの初めてのバレンタイン、すげぇ、可愛くてたまんなかった。  ――高雄はチョコレート、たくさんもらったのか?  残業してた時、二人っきりのオフィスで言われたんだっけ。俺はマジの残業。花織課長として鬼の形相で、見積もりをやり直せと突っ返されて、一人居残りでやってたんだ。要は、なんだっけ? なんかで、同じように残業しないといけなかったらしく営業課の部屋には俺と要の二人だけ。  まるでチョコを渡すタイミングがわからないまま、どうしたものかと居残ってるみたいに。ずっと要はそわそわしていた。  静まり返った部屋で、ぽつりと要が訊いてきた。チョコ、たくさんもらったのかって。  義理だよ。だから、甘いのが好きな先輩にそのまま渡した。そう話したら、顔を真っ赤にして、ぎゅっと唇を噛み締めて、デスクの横に来たんだ。 「バレンタインは基本的に女性が、その、チョコを意中の人にプレゼントするわけだが、その、男だが、好きな人が男性ならあげてもいいかと」  チョコレートだった。正真正銘のチョコレート。本当はもっとまえから事前に用意してあった。けど、三年目のナントカで慌てて別のを用意した。本当は、これを渡そうとしてた。 「好きな人、だから。……で、でも、どうかなと! だから、あっちのほうが喜ばれるとっ、だなっ」  要が真っ赤になりながら、あれこれ話してた。事前に用意していたのは、ハートの形をしたただのチョコレート。他のたっけぇブランドもんのチョコレートよりも甘そうな。 「だ、だから、これは、あまり……」 「これがいい」  すげぇ美味そうな、でかい板チョコ。けど、毎年食いたいって、思った。 「だが……」 「俺、それずーっと待ってたんだけど?」 「……」  本当に。それが一番美味くて、一番甘いんだ。最高のチョコレート。 「お、王道だろう?」  いや、むしろ、一番レアなんじゃね? だって、俺の心臓んとこ、鷲掴みにしたんだから。  ぶっちゃければ、今までけっこうな数もらってたと思うよ。チョコだけじゃなくて、色々と。けど、要以上のは、ないよ。 「……ん」 「え?」 「要が食わせて」 「……」  目を瞑って、ワクワク顔をわざと晒して素直に待ってみた。口移し? それとも、そのままそれを俺の口に押し込む? なぁ、要なら――。 「ん、高雄、どうぞ……召し上がれ」 「……っ」  触れたのは柔らかい唇。そして、流し込まれたのは甘い甘いチョコレート混じりのあんたの。 「すげぇ、エッロ」 「え? エロい? な、なぜだっ」  やっぱ、あんたは、斜め上をいく。  食わせてとねだったら、そんなエロイ食わせ方をして、あんな下着で潮吹きまでするエロい身体をしておいて、そのくせ。 「好きだよ、要」 「! ひゃ、ぁ、あ、ど、どういたしまして」  ただ告白するだけで真っ赤になっておかしな返答をする、パイパン課長なあんたは、やっぱり、最高だ。 「ぁ、庄司さん、どうでしたかぁ。今年のバレンタイーン!」  そう叫んで、山下が真昼間から酔っ払いとほぼ変わらないテンションで身を乗り出してきた。 「三のジンクス! くすくすくす」  ある意味、こいつも斜め上をいくよな。 「なぁ……山下」 「ひゃ、ひゃ……い」  あえての低音ボイスに乗り出した身を縮めるもんだから、これからさばかれる魚みたいにも見えてくる。 「あ、あれ? おかしいな」  三ヶ月で別れるにはちょっと面白すぎるキャラだと思うんだけどな。こいつ。飽きないと思うんだよ。 「お前、課長に……」 「ひぇ! あれ? だって、三ヶ月でつまらないって言われてって話したら、お前はとてもいい奴なのにって言われて、それでフラれることがすっごいあるから、またへこんで。大概三ヶ月しか続かないんですよ! だから、マジで三のジンクスなのかなって」 「……」 「そ、そしたら、うちも三だって……年だけどって……」 「うち?」 「え? 違うんすか? うちっていうから、課長と庄司さんのことだと」  うちのことだよって、ツッコミをいれるとまな板の上の魚と化した山下がぴしゃんと跳ねた。 「ぎゃああああ! すんません! なんでもしますからっ! 今日のランチおごりますからっ!」 「グッジョブだ」 「……へ?」 「そんで、ランチ、なんでかしんねぇけど、おごってくれるんだろ?」  仕方ない。まな板の上の魚なんだから、あとはもう食われるっつうか、ランチをおごれと、その襟首を掴む。 「だ、だってぇ、だって、今日、課長、おかしくないっすか?」 「あぁ、あれは」 「庄司! 来年度の業務計画表を持ってきてくれ! 山下! 悪いが、お茶を頼む! 荒井さん! すまないが! 今すぐこれをコピー頼めるか!」 「なんであんな怖い顔で、すげぇ強く、頼みごとするんすかぁ」  あれは、昨日、ちょっと俺がはめ外しすぎたのと、それと、デレッデレもならないようわざと吊り上げてんだよ。怖い顔しとかないと、今にもデレそうなんだ。 「さぁ、なんでだろうなぁ」 「庄司! だから!」 「はーい」  仕方ないんだよ。だって、チョコレート以上に甘い、世界一甘いセックスを朝方まで、あの鬼の花織課長は、俺と、たっぷりしてたんだから。

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