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雨の日イチャイチャ編 2 それはパワーワード
失敗した。
「要」
返事はない、よな。そりゃそうだ。
怒らせた。当たり前だ。朝、バカ、と俺に言ったっきり。ずっとせわしなく動いてる要がこのそう広くないうちの中ですらなかなか捕まらない。捕まえようと追いかけてもすぐに逃げられて、話したくないとピリついてそうな背中だけを何度も見かけた。
本当は、今日が休みだから、二人で家のことを片付けて、昼くらいから出かけようって言ってた、けど、なしになるだろうな。
「ちょっと、コンビニ行ってくる」
靴を雑に爪先につっかけて、せっかくの休日なのにダラダラしたままの髪をかき上げ、溜め息を足元に落っことした。
大失敗だ。バカじゃねぇの? 俺。
要がそのことにどんだけ悩んできたのか、俺が一番よくわかってるはずなのに。いいじゃん、なんて言葉で片付けんなよ。
コンプレックスだっつってんじゃん。それを「いいじゃん、綺麗だ、好きだ」で丸く治めようとすんな。
いや、違う。雑だった。雑に、適当に流そうとした。そうじゃねぇだろ。言うなら、あの人にちゃんと届く言葉で言え、バカ。
パイパンって真っ赤になって恥ずかしそうに呟いたっけ。どうにかならないかって、一生懸命改善方法探してた。どれもこれも俺は可愛いと思ったんだ。あえて剃ってみれば刺激で生えるかもしれないとかさ。ワカメ、昆布、海藻類をたくさん食べるとか。色々試してみたと教えてくれたのはどれもこれも愛らしいと思ったけど。幼稚だろうが、嘘でまかせだろうが、あの人が必死に見つけた方法だったのに。
なんで、それをあの人の一番近くにずっといた俺がなんでわかってねぇの? バカなの?
「……」
思わず笑った。ちゃんと、とか、雑だったっていう後悔とか、すげぇめんどくさがりの俺には無縁だったことなのに。
今だってそうだ。
別にコンビニになんて用はなかった。買いたいものがあったわけじゃない。ただ、大バカ野郎な自分の頭を少しくらいでもちゃんと冷やしたかったから。
ちゃんと、さ。
うちにいたら、怒っているだろうあの人をとっ捕まえてとにかく謝ってる。そういうことじゃねぇだろ、って思ったんだ。ちゃんと、頭を冷やそうと思ったんだけど。
「……マジか」
コンビニに到着して、溜め息を数回。そんで、戻ろうかなって思った時だった。
いきなり暗雲立ち込める、と思った次の瞬間には怒号のような音と共に上空から雨雫を叩きつけられる。ものの一秒二秒で、辺りはびしょ濡れになった。
「……すげぇ雨」
止む、か? どっちにしても止むまでは外に出られそうもない。外に出た瞬間、ずぶ濡れ決定。
「あ~ぁ、びしょびしょ」
外を歩いていてこの豪雨に遭遇したんだろう男性が忌々しそうに真っ暗になった外を睨んでた。
なんなんだよ。いきなり。そんな感じ。
それはまるで神様がまだまだ頭を冷やせと言ってるような絶妙すぎるタイミングだった。
通り雨としか思えないいきなりの悪天候だったのに、雨はいっこうに止む気配がない。もう店の外、アスファルトが真っ白に煙っているように見えるくらい、地面は雨の雫が飛び跳ねて、降り注いでた。
「……いっか」
ちょうどいいかもな。
ホント、頭を冷やせってことかもしれない。
「すげぇ」
アホ、そうだろうな。いや、アホだろ。この雨の中、傘もなしで、走りもせずにふっつーに歩いてる奴なんてさ。
痛い奴、って感じ?
一人とぼとぼと土砂降りの中をかまわず歩く、痛い奴になってる? ナルシスト感ハンパねぇ?
痛いかどうかはわかんないけど、でも、ダサいのはたしかだ。
苦笑いを零しながら、濡れ鼠と化したまま、散歩でもするみたいに歩いてた。けどさ。
「バカじゃねぇの……」
こんなことしたって反省してますって意味にはなんねぇよな。さっきはごめん。そう謝るのが先だろ。
「マジで、だっさ」
怖かったんだ、と思う。
要を傷つけたことを謝ろうとして、それを拒否されるかもと、怖かったんだ。今までは別になるようになるしかない、と思ってた。でも、要だけはそんなふうに流すことも、そのまま壊れたとしても、仕方がなかったと納得することもできないから。
ビビったんだ。
後悔もした。
あの人と、喧嘩なんてしたくねぇのに。
「たっ、高雄!」
雨音がどんなにすごかろうが。遠くで雷が鳴ろうが。
「高雄っ!」
この人の声だけはよく聞こえる。
「……要」
「たかっ、…………ぉ」
「ごめん」
愛しい人の声だけは、やっぱ特別なんだ。
振り返って、この人が傘を俺の分持ってきてくれたのを見て、たまらなくなって抱き締めた。ホント、バカだろ? 傘差してんのに、俺がくっついたら台無しだ。この人までびしょ濡れにしちまうのに。でも、マジで怖かったんだ。この人が折れそうなくらい、きつく強く、しがみつくように抱き締める。
だっさいドラマみたいだっつうの。こんな土砂降りの中じゃ。
けど、要が傘を放って、俺を抱き締めてくれた。
「どこか、行ってしまったのかと……」
「……かな、め?」
「もう帰って来ないんじゃないかって」
「俺がっ」
泣いてた。あの鬼の課長ってビビられてて、美人で仕事できて、可愛いこの人が泣きじゃくってた。
泣きながら、真一文字に結んだ唇を震わせて。雨の中でもわかるくらいに大粒の涙をその瞳からぽろぽろ零してた。
「高雄っ」
「……俺が、悪かった。ごめん」
「……」
「コンプレックスは人それぞれなのに。その軽いノリで言って、傷つけた。本当に、ごめん、これからはっ」
「……傷、ついてない、が?」
腕をほどいて、向かい合わせで、変わらず降り続ける雨の中、必死に謝っていた。でも、要の声が怒ってる時のものと全然違っていて、俺は、ぽかんと、しながら顔を上げた。
「高雄?」
そしたら、要もぽかんと、してた。
「え? けど、怒って、その、コンプレックスだっただろ?」
「! ぱっ、ぱいぱん、のこと、か?」
ほっぺた、真っ赤。
「気、気にしてない、ぞ?」
「……は?」
「いや! 気には、してる。……ぱいぱん」
あんたな、どうしてそう。
「でも、お前がぱいぱんである俺を好きでいてくれるから、そのこと自体は気にしてない」
どうして、そう。
「そ、そうじゃなくて、その、困るだろ?」
「……」
「ぱいぱん、だと。だから、悩んでいるんだ」
斜め上を突き抜けるんだ。
「社員旅行」
「……」
「お前の裸は俺が守らないといけないだろう?」
突き抜けて、俺が爆発するかと思った。しかも、真っ赤になって俯きながら照れつつ濡れ髪そのままで「ぱいぱん」って四回も言った。言いやがった。この天然スケベエロ可愛い鬼課長。
「だから、ぱいぱんは困るんだ」
いや、五回、言いやがった。
初遭遇? 初接触? あの時の三回だってすげぇ破壊力なのに、今、その時以上にエロ可愛くなりながら、五回も俺にとってのパワーワードを連呼、しやがった。
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