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寝てる後ろで……編 5 じゃあ、午前中はベッドん中で
「高雄……」
「……んー?」
ふわふわする。ふわふわして、幸せで、蕩けそうだ。
「どうした? 寝なくていいのか? 今日、救済措置は早寝なんだろ?」
「……」
うん。そうなんだ。水辺はダメだったのに水族館に行って、水浴び厳禁なのに、イルカのルカに水をかけられて、壊れ物は持ち歩いてはいけないと言われていたのに眼鏡をしたら、眼鏡が壊れた。だから本当には救済のために早寝をしないといけないんだ。
そうそう、その早寝をしようと思ったら、ムラムラしてしまって眠れず、そしてセックスできなくなったかもしれないと、硬く閉ざす自身のお尻の孔に絶望して半泣きしてしまった。
だって今日は運勢ワーストワン。
「思ったんだ」
ワーストワンだったのに、今日がふわふわで、幸せだ。
水辺はダメなはずなのに水族館は楽しかった。小さな子どもがたくさんいて賑やかで、そして、高雄にすごい技を教えてもらった。
ぐいーん。
びよーん。
イルカのルカがしてくれた水遊びのおかげでペアルックデートができたし。
眼鏡が壊れたおかげでとても美味しいラーメン屋を発見できて、手を繋いで帰ってこれた。
「とても良い一日だった」
「……」
「ふふ」
なんだか、くすぐったいわけでもないのに笑えてくる。身体を丸めて、高雄の腕の中でつい微笑んで、今日一日、ワーストワンだとは思えないとても良い寝心地に浸る。
「要?」
「でも、それは運とかじゃないんだ」
「……」
「高雄がいるから、だと思う」
高雄がいたら、きっとそれだけで俺は。
「高雄がいたら、俺はとても幸せだ」
びしょ濡れになったって、美味しいビーフストロガノフが食べられなくたって、眼鏡が壊れたって、あと、そう、もちろん。
「なぁ、要」
「?」
「その運勢って今日の、だろ?」
「あぁ、そう、だが」
「じゃあ、もう早寝は大丈夫だよな」
そう。今日の飛び切りワーストワンの運勢を救済するには早寝が一番なんだ。
「もう日付変わったから」
「え? あ……」
本当だ。日付がもう変わってる。
「あっ……ン、ぁ、高雄の、また入ってきたっ」
けれど、やっぱりあの占いは当たってると思う。全部が全部繋がっていて、早寝しないといけないような一日で、そして。
「ン、あぁっ……、高雄っ、」
そして、早寝をしたから、あんなにたくさんセックスしたのに、まだ夜は長い。まだたくさん高雄とイチャイチャできる、だろう?
「ひゃっン、んっ」
「っ、要」
高雄がいたらワーストワンの一日でさえとても良い一日へ。高雄がいたら、ほら。
「あ、あっ、あン、ぁっ……高雄、あ、ン……触って、欲しい」
「やば……」
好きじゃなかった自分のことさえ。
「最高……マジで」
自分のことさえ好きになれる。
「あ……ン、高雄の手、気持ち、イっ、ぁ、あぁぁぁああァァっ!」
ぴゅるりと弾けて、滴って。
「要」
「ン、ァ、大好きだ、高雄」
「あァ、俺も」
濡れたツルツルな自分の下腹部を掌で撫でた。
「ン、高雄の、大きくて、ここが、ァっ、いっぱい、になるっ」
毛のないそこ越しに高雄のペニスをイイコイイコってした。
朝、目を覚ますと、世界はほぼ真っ白。
「……ん」
目が悪いから、なわけだけれど。
以前は目を覚まして、右手を上へ、少し横へ。そこに必ず眼鏡がある。いつも置く場所は同じそこだった。けれど、最近は高雄がどこかに置いてしまうこともあるから、ちょっと探さないといけない場合があって。今朝は。
「……」
ないらしい。そしたら、どこに。
「……う、うーん」
きっとベッドの左側だ。高雄が眠る側にあるかもしれない。たまに、高雄が奪ってそのまま自分の近くに置いてしまうことがあるから。
えっとこの辺りの……。
「?」
ない。眼鏡、どこだろう。そしたら、じゃあ、えっと。
「……あ」
そうだ。壊してしまったんだっけ。転んだ時に下敷きにしてしまったんだ。そうだそうだ。
けれど、そこで落胆の気持ちはほんの少しも生まれなかった。ただ、「あぁ」と柔らかく安堵の溜め息が零れただけ。
「……高雄」
以前の俺は眼鏡がなかったら焦っていた。今の俺は焦らないし、慌てない。
「何? いい夢でも見れた?」
「いいや。夢も見ないほどぐっすり眠れた」
「ならよかった。今、何時だ?」
「んー」
スマートフォンはどこにやってしまったっけ。お互いが一緒にいる時はあまり必要なことがなくて、仕事の連絡は……入らないさ。だって、プライベートにも仕事が割り込んで来てしまうようじゃ、課長失格だろう?
だから、スマートフォンは一緒にいる時には活躍の場があまりなくて、たまに行方不明になってしまうんだ。
あぁ、けれど、もうこんな時間だ。テレビ、つけなくちゃ。
「……あんた、それ好きだな」
「……うん」
運勢占い。けっこう信じてたんだ。以前は。
心細かったんだろう。運がない自覚があったから、少しでも運をくっつけたかったのかもしれない。
『さぁて、今日の乙女座さんの運勢はぁ?』
今は、そんなことはない。ただ、どうなのかなって見て、ふーん、ってなるだけ。後、時間の代わりに使っている。朝の忙しい時間の中でこの占いが始まったら、そろそろ出勤の準備をしないといけないから。休日なら、そろそろしゃきっとしないとな、っていうサイン代わり。
「高雄」
「んー?」
「昨日は、楽しかったな」
『普通! そんな乙女座の貴方はペアルックをすると』
ペアルック、をすると?
「高雄」
これ、さすがに普段着にはちょっと恥ずかしいと思うんだ。デザイン云々はまぁ別として、サイズが大きすぎるだろう? この襟口のところ、下手したら肩が出てしまって、外に着ていくにはだらしないから。だから、ペアルックできないなぁって、高雄みたいにぴったりのサイズがよかったなぁって、そう思ったのだけれど。
ちょうどよかった。
「眼鏡、午後、買いに行くの付き合って欲しいんだが」
うん。このサイズで、ちょうどだ。
ほら、跨っても隠れるし、肩を竦めれば、むき出しになるし。ちょうどいいだろう? 捲らないと見えない。頬を寄せれば、鎖骨にキスの印を容易につけられる。サイズ、ぴったんこだ。
「眼鏡、ないと不便だろ? なのに……午後?」
なぜ午後なのかわかってるのに、意地悪く笑う高雄。
「うん。午後……」
眼鏡がなくても、この距離ならどんな表情かわかる。キスをするこの距離なら、丸わかりだ。
「午後がいい……っ、ン」
朝、目を覚ますと世界はほぼ真っ白。けれど、今はそこに少しスパイシーなグリーンシトラスのシャンプーの香り。二人が使っているシャンプーの香り。それと目の悪い俺でもわかる愛しい寝顔と、愛しい寝息。
目を覚ませば、世界は愛しいでできている。
「あっ……ン、高雄」
「ピンクのここ、すげぇ、露だく……」
高雄がいたら、世界は愛しさで溢れる。
『ペアルックで乙女座のみなさーん、素敵でハッピーな一日をー!』
ギシギシ軋むベッドの音であまり聞こえないけれど、もう、いいんだ。占いはもうあまり信じていないから。
「あっ、高雄」
だって、もう一日どころかずっとずっと、素敵でハッピーな日々ばかりが続いているから。
「大好きだ」
ワーストな昨日ですらとても楽しいくらいに、ハッピーだから。
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