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クリスマス編 1 うちのかちょうーはとっても純粋

 ほんの出来心だったんだ。  いや、冗談、っつうかさ、ノリっつうか、要の反応が見たかったっつうか。ただそれだけだったんだ。マジで。 「……えっ」  目玉飛び出しそうな、鳩が大砲でも食らったような顔。 「えぇぇぇぇっ」  俺さ、あんたのその顔、けっこう好きなんだ、可愛いじゃん? あの鬼の課長が「驚愕!」ってその涼しげインテリ眼鏡のレンズにマジックで書きたくなるくらいに、めちゃくちゃ驚いた顔をするのは、けっこう好き。あんなに仕事中は鬼面してるばっかのくせに、仕事外ってなった途端に文字が浮き出て見えそうなほどわかりやすく、くるくると表情が変わる。 「た、た、た、た、た高雄!」  我慢すんのがしんどいくらいに面白い。 「高雄!」 「? なんで? あんた、知らなかったのか?」 「ひぇえええ!」  面白い返事。 「俺は知ってたよ」 「ひえええええ!」  面白い雄叫び。 「要は知らなかったのか、可哀想に」 「ぴゃっ!」  あぁ、やばい。めちゃくちゃ嵌る。 「サンタクロースっているんだぜ?」 「ぴょええええええええええ!」  要しかひっかからない、要専用ドッキリは、ホント、嵌るわ。  始まりは雑貨屋だった。最初は誘導して、スケベ心から要のエロサンタコスが見たいってだけだったんだ。 「なぁ、要」 「んー?」 「今年のクリスマスさぁ、家でまったりしようぜ」 「うん? かまわないぞ。どちらにしても、その翌日が部長会だから、出社が早いからな。そのほうが助かる」  そう、そうなんだよ。なんで部長会なのに課長のあんたが出席しないといけないわけ? 営業部長がそれを指示したわけだろ? 一課だけらしいじゃん。二課はないっつってたぞ。  なぜ課長のあんたが部長会に呼ばれるのか。  その理由が――。 『ぁ、ぁ、ダメです! そんな、私のような未熟者には、あ、あ、ダメ、ネクタイを緩めたら! 部長! おたわむれをっ!』  あぁぁれぇぇ、つってな。  タイトルは「おたわむれを部長殿」って、なんだそれ。  アホだろ。俺の妄想癖のレベルがハンパなくねぇか?  けど、実際、部長がやたらと要を目にかけてるのは確かだ。そもそも支店にいた要を本社に引っ張ってきたのは部長なわけだし。  シニア俳優の、誰だっけ、忘れたけど、白髪がすげぇ似合う、大昔はイケメン俳優って人気だった、この前、おじさん探偵役やってた人、あれに似てるんだよ。うちの部長さ。ダンディっつうのかわかんねぇけど、シブおじ系で、ものすごい年上が好みの奴がいたらめちゃくちゃドストライクだろう恋愛現役バリバリな感じ。  それが要をゴリッゴリに押してきたら、やばそうじゃん。  こっちとしては防御線張っておきたいじゃん。 「じゃあ、一緒にうちでゆっくりすごそう」 「あぁ」  よし、これで前日のイチャイチャ確定。キスマークくっつけとこ。そんでちょっとした予防線にはなるだろ。あとは部長会以外のとこはずっと俺がくっついておけば問題なし。 「二人でのクリスマスパーティーだなっ!」 「……あぁ」  全く、あんたが恋人だといちいち忙しいよ。ホント。 「クリスマスパーティーか」 「……」 「クラッカーいるだろうか?」  雑貨屋をブラブラしてた。あんたがキッチンにおたまを置く何か可愛いものがあればいいのにって言ってたから、二人で探しに来てた途中だった。 「クラッカーはいらないんじゃね?」 「そ、そうか?」  少し残念そうだった。  そういうの好きなんだよな。要ってさ。あーんなに涼しげな顔をして仕事ばりっばりにこなして、先週、客先で発覚した不良で損害賠償うんぬんまでこじれそうだったところを、交渉だけで回避するようなすげぇやり手のくせに。パーティーイコール、パンパカパーンのクラッカーになる。  その残念そうな顔が可愛かった。だから、もっと突付いてやったら、もっと見れるかなぁって。 「だって、クラッカーなんかぶちかまして、サンタクロースがビビって部屋に来れなくなるかもしんねぇじゃん?」 「へっ?」  廊下がクラッカーの残骸だらけで散らかってたらさ、大荷物を抱えて一晩中あっちこっちと配達に忙しいサンタは大変だからって。 「……ぇ、高雄?」  そう言った。 「? 何? 要」  だから、俺も渾身のぽかん顔をしたんだ。それこそ助演男優賞くらいなら獲れそうなくらいの名演技。 「おま、まさか」  なぁ、騙されてくれた? 「まままま、まさかっ」  サンタクロースが来るから良い子にしてないといけないんだぞっ! っつって、俺のドッキリにまんまとはまってくれてる? 「? サンタクロース、知ってるだろ?」  駄目押しの一言。 「…………」 「クリスマスにはサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるんだぜ?」  とどめだ。 「なぁ要、クリスマスどうしよっか」  そして俺は一撃を愛しい課長へ食らわせた後、しれっとした顔で歩き出す。 「あ、これ、いいんじゃね? おたま」  本来の目的であるおたまを置いておける、キッチン便利ツールを探そうと、目の前にちょうどあったおたまたてを指差した。白黒まったりパンダが腹をへこましている陶器のおたま立て。その腹のところのくぼみにおけば笹の形をした盾に取っ手部分が傾けられて、倒れる心配もない。  値段も良いし。要、動物好きじゃん。 「な、要」  けれど、要の脳内はそれどころじゃないのか、キスをしたら病み付きになる極上感触の唇を薄っすら開いて、小さな声で「サンタクロース……」って、呟いていた。

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