107 / 140

クリスマス編 2 もしもし、サンタさん

 俺がサンタクロースがいると信じてる――って、言ったら、要はどうするかなぁって思ったんだよ。  信じてるのか? 可愛いところがあるんだな。なんて年上上司の余裕を見せるのか。  サンタクロースというのは実在はしていないけれども由来となったものはちゃんとあって、なんて生真面目に解説してくれるのか。  それともフィンランドにいて、お手紙を出すと返事が来るらしいぞって教えてくれるのか。どれかなぁって思ったんだ。 「たっ、高雄はっ、何かサンタクロースに持ってきてもらいたいものがあるのか?」  やっぱ、あんたは斜め上を行くよな。俺の頭上、遥か上を。 「ほら! ネクタイとかか? 時計とか? あとは、な、なんだろうなぁ」  おたまはパンダのにした。それを買った帰り道、ずっと要は俺がサンタクロースに何を頼んだかをさりげなく、いや、ちっともさりげなくはないけれど、聞き出そうとあの手この手だ。 「あとは、う、うーん」  なぁ、もしかして、俺がクリスマスに欲しいものを見つけ出そうとしてる? それを持参してサンタの代わりを務めて、俺の夢を壊さないようにしなければっ! …………とかって考えてる?  めちゃくちゃ一生懸命なんだけど。 「鞄は?」  超知りたがってんじゃん。 「あ、靴?」  サンタばりに知りたがってんじゃん。 「あとは、あとは……」  はぁ、やばい。ホント、すげぇ可愛い。 「内緒」 「えぇぇ! す、少しくらいいいじゃないか」 「ダーメ、っつうか、これはサンタクロースにもう頼んだんだよ」 「もうすでに頼んだのか? いつ?」  いつって、あんたさぁ。 「先週、かな」 「……先週、そ、そんなの知らないぞ!」  そこで膨れっ面をするかね。マジで。抱き締めるぞ。まだ全然人が多いところだけど。 「そりゃ、知らないだろ。サンタクロースに頼んだんだから」 「はっ! た、たしかにっ」  あぁ、やばい。真面目が可愛いってすげぇな。考え込み始めた要を尻目に、少し歩調のピッチを上げる。 「あっ、ちょっ、高雄! 待ってくれ!」  慌てて追いかける要の頬が外気の寒さに赤くなってた。  仕事に関しての要は本当にテキパキしてる。受け答え、準備の周到さ、予測の正確さ。ハンパなく有能なんだ。  でも、うちにいる時は、まるでマシュマロみたいに柔らかくなる。  今朝もそうだった。俺がサンタクロースに頼んだものとはなんだろうと、一所懸命に俺を観察するあまり作りたての味噌汁に指を突っ込んでたし。 「ちょっと! 先輩! あの、課長と何かあったんすか?」 「あ? なんで?」 「なんか、今朝から先輩とこの前、昼に外へ食べに行った時のこと、めちゃくちゃ聞かれたんですけどっ」  今度は事情聴取を始めたらしい。  山下をとっ捕まえて、昼休み、外に行ったのは飯屋だけなのか? 本当にそうなのか? どこかに寄りたいとか言ったじゃないのか? 何か怪しい気配はなかったのか? そう質問攻めにあったんだそうだ。  質問攻めプレイとかも少し楽しそうだなぁなんて思ったりして。 「めっちゃくっちゃ、怖かったんすよ! こーんな顔して」 「へぇ」  そーんな顔して知りたがってたとかさ。 「山下!」 「は、はい!」  鬼の課長に呼ばれて、ぴゃっ、て山下が飛び上がった。 「ここ、数字を間違えてるぞ」 「は、はいっ」  そして、また、ぴゃっ、て跳ねて、今度は自分のデスクに滑り込んだ。  うちの営業一課は数字の修正がないから助かるって、経理に言われたことがあったっけ。ミスならあるさ。原価の計算間違えだって、まぁ、色々小さいミスはある。あるけど、それをあの人が全部掬い取ってくれる。ノーミスになるようにって、ちゃんとしてくれる。指をあんなふうに火傷したりもするおっちょこちょいなのにな。 「……指、大丈夫?」  包帯は仕事がしずらいからってしなかったけど、あんたの綺麗な指が痛いのはイヤなんだ。 「……高雄」  苗字呼びするのを忘れる。要が手を伸ばして取ろうとしていた資料ファイルを取って手渡した。 「あ、あ、大丈夫、だ。火傷は、すぐに高雄が冷やしてくれたから」 「ならよかった」  いつまででも眺めてたい、なんて思ってる。あんたのことって見てて飽きないしな。 「けど、さっき、煎れたてのコーヒーを飲むのに、指先気にしてただろ?」 「……」 「あんま痛かったら薬つけて絆創膏貼っておけよ。痕になったら、もったいない」  けど、見てるばっかで仕事をしなかったら、ここの課長であるあんたに迷惑がかかるからさ。 「山下の作った見積もり、俺もチェックしとくよ」 「……」 「あんた、午後から年始早々の仕事の件で打ち合わせが入ってるだろ? そっち、やってていいよ。山下ぁー!」  あと少しでクリスマス。けど、仕事をしている社会人はクリスマスに浮かれてばっかもいられないだろ? クリスマスっつうよりも年末があって、年末があれば長期の休みがある。その後の年始、トラブルがないように客先との納期調整に、仕事の進捗が中途半端なまま長期休暇になってしまう仕事にミスがないように製造部とミーティングをして、何かと忙しいんだから。 「ほら、見積もりチェック、俺がしてやる」 「えぇ! 先輩っすか」 「なんだよ。不服か?」 「いやぁ、先輩のコスト設定めちゃくちゃタイトなんすもん」  ぶつくさ文句を言う後輩の頭、髪を手でぼっさぼさにしながら隣の席に陣取った。隣は、荒井だ。まだ他部署への打ち合わせが終わってないんだろ。席にはもうしばらく帰ってきていない。 「うるせぇ、ほら、やる」  その荒井の席に陣取って、そのタイトなコスト設定を山下にもごり押ししておいた。

ともだちにシェアしよう!