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クリスマス編 3 赤くて、丸くて、美味しい、あれ

 なんかめちゃくちゃ観察されてた。  じぃぃぃぃぃぃ、なんて音が聞こえそうなくらいに。 「んもー、なんなんすか! 俺、なんか超板ばさみみたいになってません?」 「いいから、山下」 「よくないっすよぉ! つうか、彼女いない独身男のクリスマスの世知辛さを考慮してくださいよー」 「いいから」  仕方ないだろ? すげぇ、じぃぃぃぃぃぃ、って見てるし、そのくせ、ヒントをやろうとすると、慌てて聞かないようにされるんだから。  昨日、うちでさりげなく教えようと思ったのに、知りたいって顔してるくせにさ。  だから、また何か斜め上に向かって要がやらかしそうだし。 「んもぉぉ……」  はぁ、って溜め息をつく山下の頭上にある時計を見上げた。そろそろだな。 「誰にも言うなよ」 「へ? な、なんすか?」  そろそろ年末の業務報告会から要が戻ってくる時間だ。 「赤くてさ」 「……はぁ」 「若干丸くて」 「……はぁ」 「この時期になると余計に赤みが綺麗なんだよ」 「……へ?」  あの人のほっぺた。なんて、言ったって、あの超敏感で、超鈍感な要が俺の欲しい物にピーンと来るとは思えないけど、まぁ、なんでもいいよ。赤くて若干丸くて、この時期には特に赤みが強い。 「あ、あと、美味い」  苺、とか思うかもな。 「……はい?」  それで何か思いついたものを持ってきてくれるだろ? 俺の枕元に、そっとさ。一緒に寝てるから、俺が先に寝付いたフリをして、ベッドの上んとこ、赤くて丸くて冬になると余計に赤が綺麗で美味い物を置いてくれるであろうあんたのことを、クリスマスにはもらうから。 「それ、なんなんすか?」 「んー?」  ちらりとダークグレーのスーツが見えた気がした。今日、要が来てたのと同じようなダークグレーが。  俺の一番欲しいものだよ。赤くて、丸くて、美味いそれ。要のほっぺた。 「なんでもねぇ」 「は、はぁぁ?」  要がそれをなんだと思ったのかは知らないけど、これでさ。 「もー、俺って遊ばれてます?」 「かもな」 「やだー、俺、遊ばれてる!」 「バーカ、ほら、今日は早くあがるぞ」  クリスマスイブ、営業一課は優秀な鬼課長のおかげもあって、仕事は滞りなく、今週末の仕事納めに突入できる。  だから、平日だけど今夜はあんたと、答え合わせだ。  俺がサンタクロースに頼んだプレゼントと、あんたがサンタクロースの代わりにしてくれるプレゼント。 「いいなぁ、庄司先輩めっちゃ楽しそうなんすけどー」 「そりゃ、楽しいだろ」 「明日! 仕事ですからね!」 「あぁ、わかってる。明日は仕事納め直前だ」 「そうっすよ!」 「そんで週半ば、先週の実績結果報告会がある日だ」  お前、忘れてただろ? ぴゃっ! って、小さな声をあげて飛び上がった。そして、やばいやばいって言いながら、営業一課のオフィスへと向かう。俺は、要を待ってる間にと飲んでいた、もう空の缶コーヒーをゴミ箱へと投げ入れた。 「赤いの……なんだろうな」  あんたがくれる赤くて美味いものを想像しながら。  海鮮鍋にした。明日も仕事は普通にびっしり詰まってるから酒は朝までに残らない程度に、ワイン一本でおしまい。  そして、少しそわそわしている要のためにも俺はあくびを三回連続ですると、寝室へと向かった。早く寝たほうがいい。うんうん。って、可愛い恋人に背中を押されて、ベッドに押し込まれて。  俺は要ほど可愛い人を見たことがないよ。 「…………」  そぉぉ……っと開いた扉。そぉぉ……っと入ってくる誰か。 「…………」  そぉぉ……っと、扉が閉まって、そぉぉ……っと。 「わっ!」  小さな悲鳴と一緒にボトンゴトンゴロゴロと騒がしい音。 「わっ、わっ」  あんたは一体何を。  ちょ、ちょ、って小さく、その転がった何かを慌てて追いかけてるのを目を瞑っていててもわかる。転がったのは一つじゃない。いくつもいくつも転がった。 「…………これでよし、と、と……静かにせねば」  全部口から出ちゃってんじゃん。ベッドに要が乗り上げて、少しだけスプリングが傾いた。とほぼ同時に鼻先を掠める果実の甘い香り。  林檎だ。 「高雄は良い子だからな……たくさん、だぞ」  あ、ダメだ。 「っと、わっ!」  今の、なんか、すっっっっげぇ、ダメだ。すっっっっげぇ、ツボ、ゴリ押しされた。 「要っ!」  理性が爆発したのと、目を開けたの、それから目を開けて飛び込んできた黒のボクサーパンツが半分見えてる着崩れサンタが転ぶ、って思って手を掴んだのは、たぶん秒数でいったら、一秒にも満たないほんの一瞬。 「要?」 「っ! た、たたたた、た、た高雄!」  それを見た瞬間、自然と口をついて出たのは。 「……何、してんの?」  それだった。 「サンタさんがいるって思う高雄のことを大事にしたいと思ったんだ。それで、その高雄がサンタさんに頼んだプレゼントはなんだろうって思って、見てたんだけど、でも、そしたら俺は、高雄が欲しいものが……」  ぶっちゃけ、サンタさん、って言ってる要が可愛いなぁって思って見てた。 「……わからなくて」  着崩れサンタな要がさ。ぺタリと床に敷いたラグの上に座り込んで、しょんぼりと肩を落とす。 「でも、高雄は俺がして欲しいこと、欲しい物がわかるだろう?」 「……」 「だから、俺もわかりたかったんだ。高雄の欲しいもの」  あるじゃん。俺が一番欲しいものが今目の前に。 「そしたら! 高雄が山下と話してたのを聞いて、その、丸くて、冬が特に綺麗に赤くて、美味いものをって言ってて、林檎かと」 「……」 「ちょっと不正をしてしまった」  不正って……可愛いな、おい。 「そんで? なんでサンタの格好?」 「こ、これは、高雄が目を覚ました時に誤魔化せるようにと」 「サイズ、すげぇ彼シャツレベル以上なんだけど」 「もうこの大きいサイズしか残ってなかったんだ」  そう言って、ナチュラルにダボついてることを見せて教えてくれる。ズボンが特にダッボダボで、サンタの衣装にくっついたベルトを締めたくても穴がちょうどいい場所にないから無意味だった。仕方がないから片手でズボンを持ちながら、布に入れた林檎を置いて早く立ち去ろうと思ったのだけれど、急いでたからか、ズボンを踏んづけて、その拍子に林檎が落っこちた。  それが小さな悲鳴と、ボトンゴトンゴロゴロっていう音。  それからそっと音に気をつけて拾って、ベッドに並べて、よし、これで大丈夫だと、あの台詞を吐いた。  ――高雄は良い子だから……たくさん、だぞ。  で、ベッドから降りる際にまた踏んづけて俺が手を伸ばした。 「赤い丸い冬に美味しいのだろう?」  要は伝言ゲームが苦手なのかもな。 「違う、赤くて、若干丸くて、冬になると綺麗に色づく、だよ」 「?」  ほら、今、俺の目の前にある。 「要のことだ」 「…………俺、のこと?」 「あぁ」  きょとん、とかするなよ。 「俺が一番好きなのも、一番大切にしてるのも、しょっちゅう欲しいって思ってるのも、あんただろ?」 「……赤くて、若干丸くて、綺麗に色づく」 「そ。あと、美味いんだ」  あんたのほっぺたは柔らかくて美味そうじゃん。 「こ…………こ、れ、のこと、なのか?」 「…………」  あんたな、そう、いつだって俺の斜め上、遥か頭上をいく。ホント、遥か、頭上を。 「高雄?」  言いながら、あんたが差し出したのは、着崩れサンタ服を捲り上げると見える、綺麗な色をした二つの粒だった。 「高雄……」  俺は、サンタ服を捲りながら、頬を赤く綺麗に色づかせたあんたの上目遣いに、理性が。 「高雄には、この、ち、乳首、美味しい、のか?」  爆発、した気がした。

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