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クリスマス編 5 めんどくさいこと
めんどくさいことが嫌いだった。今でも別に好きじゃない。
だから、クリスマスと誕生日が好きじゃない。
いや、クリスマスも誕生日も、この誕生日っつうのは、あれ、俺のじゃなくてその時に付き合ってる相手の誕生日、そういう特別な日は好きじゃ、なかった。プレゼントを何にするのか考えるのも、用意をするのもめんどくさいから、好きじゃなかった。
けどそれは過去形。そんで、今は――。
「さてと……」
「あー、庄司先輩終わったんですか?」
「まぁな」
「いいなー、俺、客先回答待ちのメール待ちっすよぅ。まだ来ないんすよぅ。付き合ってくださいよぅ」
机に寝そべって、いっこうに来ない新着がないんだろうメールボックスを山下が恨めしそうに睨み付けた。
「その客先ってあそこだろ? 海外が本社のとこ」
覗き込むと、今日中に回答をもらわないといけない取引先だった。知ってる。ここの会社、連絡のネットワークがすっげぇ複雑なんだよ。海外本社がめちゃくちゃ口出してしてくるから、そっちとの時差、こことのやり取りの時間差を考慮して朝のうちにコンタクトだけでも取っておかないと、なっかなか連絡がつかないんだ。
「ここは先に連絡を午前十時までに入れておかないと返事翌日になるぞ?」
「えぇぇぇぇぇっ! マジっすかっ」
「マジっすよ」
「敬語! 庄司先輩のレア敬語」
うっせぇよって、騒がしいプラス俺の足止めを図る山下の頭をぽんと軽く小突いてみせた。
「ご愁傷様、明日だな、こりゃ」
「ちょおおお、待ってくださいよ! これ、本日中に回答もらわないと俺が品質に殺される!」
クリスマス当日に物騒なことを叫んだ山下が必死に俺にしがみついてきた。
「まだ! だって! ほらっ、部長会終わってないっすよ!」
今度は別アプローチに挑んだな。要待ち、っていう事でなら喜んで俺が部長会の終わりまでここにいると思ったんだろう。
「用事があんだよ」
「花織課長が! 部長会にっ!」
一人ぼっちが寂しいとかどこの小学生だよって、呆れながら、仕方がないので電話をかけた。山下が連絡を待っている取引先ではなく、その向こう側、本社のほうに。
国際電話で、英語で話していると、山下がぽかんとしてるから、睨みつけて指先で呼びつけた。そして慌てて、問い合わせたメール分の中身をでかくして見せてくれる。
俺はそれをそのまま伝えて、今度は返事をそのまま山下へと伝える。
「す、すげー! 先輩英語ぺらっぺらじゃないっすか!」
「まぁな」
「ひょええええ、なんでッすか! 俺、初めて聞きましたよ」
言ってないからなと応えるとまた目を丸くした。
英語ができるといって余分な仕事が増えたらイヤだろうが。めんどくせぇ。
「そんじゃ、俺、用事があるから。お先」
「あー! 先輩! マジで帰っちゃう! あぁぁ! でも、品質に連絡しないと!」
「がんばれー、メリークリスマス」
その単語に呪いでもかけられてるのか。山下がクリスマスと聞いた瞬間雄たけびを上げていた。
「さてと……」
基本、めんどくさいことは嫌いだ。でも、今は――。
今は、要のことに限ってはいるけれど、まぁ、めんどくさいことも好き、かなって。
「……これで、オッケーだろ」
テーブルを見渡して、小さく頷いた。
要とするセックスは極上だ。すっげぇ好き。あの人とする食事も好き。何でも美味く感じられるから。あの人とは寝るも楽しい。寝心地最高。
「ただいまー!」
けど、ぶっちゃけあんたが笑っててくれるのなら、それだけで充分幸せ、なんて思ったりもする。
玄関をあけて飛び込んできた要めがけて、クラッカーを一つ引っ張った。
パンパカパーンと弾ける紙すだれ、ヒラヒラ舞う紙屑。これ、あんたがやってみたかったこと、だろ? 掃除が面倒だけどな。
「た、高雄!」
「メリークリスマス、要」
「高雄っ……どうして。クラッカー」
びっくりしたんだぜ? この前、雑貨屋であんたがクラッカーに興味を示したの。二回目ともなれば、その感動は薄れるだろうから。できるだけ初回でいきたくて、その場を急いで離れたんだ。あんたが欲しがらないように慌ててその場を後にした。
「こういうの、要、したがるじゃん」
ザ、ってつきそうなお決まりのクリスマスパーティー。
「高雄……」
「俺からのクリスマスプレゼント。俺は昨日、要サンタからもらってるから」
「高雄っ」
そして抱きつくあんたに俺が大喜びになる。
「してみたかったんだ。すごいな。高雄は! なんでわかるんだ!」
「そりゃよかった」
めんどくさいことは好きじゃない。けど、あんただけは別だ。あんたのことに関してだけは、仕事の帰りに雑貨屋寄って、定時上がりの俺はスーパーマーケットで食材買って、料理して。
部長会が終わる予定の時間帯くらい、同じ職場だからな、わかるっつうの。その時間から計算して、クラッカー持って待ち構えてさ。
けっこうな、良い嫁になると思わねぇ?
器用でぶきっちょな鬼課長の伴侶にはさ、俺が一番適任だと思うんだ。
「なぁ、とりあえず、要」
そんで、良い嫁は、ほら、定番のお決まり台詞があるだろ? 愛しい主人の帰りを待って、お帰りなさいと一緒にいう、ほら、あれだよ。
「要、風呂にする? 食事にする? それとも……」
「! クラッカー!」
やっぱり要の答えが斜め上だった。けど、今回は予想通りだったな。
「オッケー、すっげぇ買っておいた。乾杯の前にやろうぜ」
そう言った瞬間、桜色のほっぺたに、俺の顔がほころんだ。
「はぁ? 部長会に要が呼ばれた理由ってそれ?」
「そうなんだ。高雄を営業一課の副課長として一年やらせてから、二課の課長にって。英語が堪能だとどこかからか聞きつけた部長が言い出したらしい。あの人が高雄のことをひどくかっていて……」
「へぇ、知らなかった」
俺の両足の間に陣取って、背中を丸めた要の溜め息が湯けむりの満ちた浴室に響いた。
「……俺は、断ってしまった」
「要?」
「高雄はまだ未熟だって、言ってしまったんだ」
「……」
「とても優秀なのに」
しょんぼりとした背中をじっと見つめてさ、この人がその部長会でどんなふうに俺を独り占めしたのかなって、考えてはゾクゾクしてる。
「高雄のこと……俺は」
「やだね、めんどくせぇ。俺がこまめにやってやるのも、気遣いすんのも、テキパキ動くのも、要関係だけだっつうの。めんどくさいことは好きじゃないんだよ」
クラッカーを用意して、パンパカパーンっつって、掃除して。飯あっためて風呂沸かして、そんなのがしたくなるのは――。
「俺、仕事関係は丸ごとめんどくさい部類に入れてっから」
「……」
めんどくさいこと大歓迎なのは、世界で一番のごちそうが欲しい時だけ。
「なぁ、要」
「?」
「もう全部?」
にやりと笑って、水も滴る、ってやつ。ちょうど裸だ。ちょうど、俺は今欲しいよ。
「あんたが欲しいクリスマスプレゼント、もうない?」
「……ぁ」
今、欲しいもの、サンタクロースにも用意できない、けど、あんたが喜びそうなものを、今すぐ、俺ならあげられる、かもしれないんだけど?
「ぁ、ある」
コクンと頷く、目の前のごちそうは赤くて少し丸くてさ。
「高雄……」
たまらなく美味そうだった。
「メリークリスマス、要」
そして今夜は浴室で、たまらなく甘い声が響いてた。
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