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課長初めての◯◯編 6 ねぇ、お仕置き、して?

 基本、要は俺の斜め上を突き進む。  こうだろ? って思ったところを「ほえ?」って呑気な顔をして斜め上へと飛んでいく。そんで俺はそれを慌てて追いかける。イメージ的にはそんな感じかな。 「……うー」  けど、たまぁに、俺の期待通りのことが起こることも、ある。 「ン、朝……」  そ、朝だよ。要、起きた? 「ふわぁ……」  でかいあくび。そういや、要って、絶対に会社であくびをしないな。って、当たり前か。仕事中なんだから。それから、あくびする時、絶対に手に口を当てる。掌を一杯に広げて、ぽんぽんと唇を軽く叩いて。まさに「今、私はあくびをしました」みたいな古典的仕草。 「ふにゃ……」  それ、その「ふにゃ」ってやつ、普通の奴がリアルにそれ「ふにゃ」っていうのを言ったら男だろうが女だろうが、けっこう嘘臭いんだけど。  どうしてこの人はそれがまかりとおるんだろうな。むしろ可愛い。 「高雄、寝てるのか……」  あ、そうそう、俺は寝てるから。狸寝入りだけど。思いっきり起きてて、もぞもぞと今にもおきそうな気配がした途端に寝たフリをしただけ。 「……」  要が動く気配がした。 「うーん」  もぞもぞしてる。 「あ、あった」  あった? 何が? 「あれ?」  どうかした? 「……これ……高雄のだ」  …………へぇ。  そうそう、この人は基本俺の斜め上を行く。でも、たまぁに、俺の期待通りのことをしてくれる。  そして、たぶん、今がそのタイミング。  たぶん、俺の期待していることをしてくれる。  そんな予感に胸を躍らせながら、そっと、そーっと、要に気が付かれないように目を開けた。ベッドの足元には要がいる。こっちがこっそりと目を開けていることに気が付くことなく素肌に白いシャツを滑らせた。昨日酔っ払ったままセックスして寝たんだ。本当にそのまま寝た。だから丸裸ってわけだ。 「ふふ……」  聞こえてきたのは、ちょっと音の外れた国民的アニソン。子どもでも歌える歌を、ものの見事に音程をずらしながら、けど、笑みを口元に浮かべる横顔は天使か女神ってくらいに美麗で繊細で清らかだ。  その優しい笑みを零す唇にそっと俺のシャツを押し当てて。  ねぇ、それ俺のシャツだけど?  あぁ、眼鏡してないからわかんなかった?  そんなわけないよな?  めっちゃ嬉しそうに楽しそうに匂い嗅いでるし。鼻歌混じりのご機嫌な感じで。いい匂い? 汗臭くない?  ねぇ、それ、俺のシャツ。 「ふふふ」  ホント、この人は……何してんだ。  ――ピコン。  朝の光溢れる健やかな静寂を破ったのは、スマホのカメラの撮影音。 「あぁ! おまっ、おいっ! 高雄」 「……おはよ」  ありがと。期待通りのことをしてくれて。 「おはようじゃなくて! 今、撮っただろう!」  顔真っ赤だ。あと、後ろすげぇ寝癖だけど。 「撮ってねぇよ」 「撮った! ピポーンって言った!」 「何、ピポーンって」  まさかのここで斜めを突いてくる。そのタイミングすら予測させてくれないんだ。 「ピポーンって鳴るだろう! 写真撮る時!」 「……撮ってねぇって」  写真はな。  俺のスマホには秒数を教える表示と、真っ赤なほっぺたに真っ赤なキスマークを首のとこまでくっつけた要のどアップ。  写真は撮ってない。  撮ってるのは。 「撮った! 俺の、変なとこ、撮っただろう! 勝手に撮るのは犯罪なんだぞ!」  撮ってるのは、動画でーす、なんて。 「犯罪だ! そういうことをすると怒るからな! お仕置きだ!」  あ、そういやさ。俺、この前、開けてはならない扉を開けそうになったんだけど。要のせいで、未知の扉。 「いいけど? お仕置き」 「……」 「はい、どーぞ。お仕置き」  盗撮だ、肖像権が、って賑やかになってきた部屋の中、照れ臭さに真っ赤になった愛しいカチョーに押し倒されるがまま、ベッドの上、まだ全裸の俺は大の字になった。要は俺のシャツをダッボダボに着てるだけの、特別萌え度急上昇スタイルで跨っている。朝日に照らされた太腿も、サイズが違うせいで襟元がだらしなくなったうなじも、全部、ごちそうみたいな要の下でなすがまま。 「お仕置き、どーぞ」 「お、お、お……」  どーぞ、どーぞ。 「お……」  じりじりとのぼってくる真っ赤な顔のこの人が困ったように、口をつぐむ。  俺はどうするのかなぁって。予想通りなのか、斜め上なのか。俺の予想通りなら。 「おぉ」  どうやればいいんだ、って、もうスマホのことなんて忘れて、お仕置きとは、なんてことを真剣に考え始める……かな。 「お」  要は? 「ほ、本当にお仕置きしてしまうぞ」 「だから、どーぞ」 「じゃ、じゃあ、来週、俺と一緒に在庫の管理業務で倉庫行き、だっ」 「は?」 「在庫! この前、言われたんだ。工程管理から、発注との兼ね合いで、営業でやってほしいって」 「はぁっ?」  そのほうが注文を見据えての管理ができるから営業だってしやすくなるし、工程管理はいちいち営業に確認しなくていいから都合がいい。トータルで見たらタイムロスも物流過多も発生しない、一石二鳥。ただ、それをやる奴はしんどいけど。 「お仕置きしていいって言った!」  言ったけど、言ったけどさ。そういうのじゃなくて、もっとこう、甘くてエロい系の。 「でも、俺は高雄と……」  気持ちイーこととかを。 「高雄と一緒なら、なんでも楽しいし、頑張れる」  一人でやろうと思ってたんだろうな。誰もそんなのやりたがらない。そういうのを一人でこっそりと、一生懸命にやるから、この人は。 「でも、やっぱり、そんなお仕置きは嬉しくないよな。め、面倒……なら」 「ぜーんぜん」 「……高雄」 「いいよ。やろうぜ」 「!」  ふにゃりと笑って、嬉しそうに俺の唇に唇で触れて突っついてくる。 「じゃあ、たくさん、二人で頑張ろう!」 「あぁ」 「よかったぁ。俺、実は、縛るの下手なんだ」 「……」 「処分の時の紐結び、どうしても上手にできなくてどうしようかと。だから、よかった」  あぁ、やばい。 「高雄、教えてくれ、上手な縛り方……うわぁ! ど、どうした! なんで、急に倒れ、おも、重かったか? ごめん上に乗っかったままだった」  ホント。 「高雄―! ごめんってー!」  また、開けてはならない扉、もう……開けてみちゃおうかって思ったじゃん。 「高雄―っ!」  眩しい朝日の中、懸命に俺を呼ぶ要がやたらと眩しく見えた。

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