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第7話 ヤバイ

 酔った勢いで女とやったことは一度もない。だって、面倒だろ? セックスすりゃ、もう赤の他人ってわけにはいかない。事後処理っていうか、事後の人間関係の処理がかなり面倒だから、酒の席でお持ち帰りみたいなことはしたことがない。それと、俺はゲイじゃない。  男、しかも上司と、酒の席でその気になって、ラブホテルへ、なんて。これぞまさに「青天の霹靂」ってやつだ。 「どうぞ」  部屋に入ってすぐ目に飛び込んでくるベッドに花織さんが身体を硬くした。ラブホテルじゃなくて、普通のホテルだって洋室ならベッドが部屋入ってすぐにあるのは珍しいことじゃないが、この人にとっては身構えるくらいに衝撃的な光景なんだろう。入ってすぐにセックスが始められる部屋、みたいに見えている。 「お、おい……庄司」  でも、俺はそんなのかまうことなく手を引いて、部屋の中央、ベッドの手前まで連れて行く。 「見せて」 「や、ヤダ! 待て! ちょ、おいっ!」  花織さんが困惑してた。でも、俺も今のこの状況に戸惑っている。見たい、でも、これはヤバイ。そんな葛藤がずっと身体の内側でせめぎあっている。  マジでこれはヤバいだろ。  そう思った次の瞬間――でも、見てみたくないか? この人のコンプレックスを。って、甘い毒薬みたいな誘惑が俺をそそのかして、この手を動かす。 「や、やめてくれ! やだ! なんなんだ! なんで、お前がっ!」 「知るかよ」  本当に、知らねぇよ。ただ、見てみたいだけなんだ。あんたの泣き顔に何かが狂っておかしくなった。思考回路とか、どっかでぐちゃぐちゃに絡み合って、もうどうにも解けなくなったんじゃねぇ? って思えるくらいに、こっちだってわけわかんねぇよ。でも、だからかもしれない。ただひとつだけ、それだけはたしかにわかっていることがある。 「あんたは綺麗だ」 「……」 「だから見たい」  宝石でも、世界一の絶景でも、綺麗なものは誰だって見たいだろ? それと同じようなもん。すごく単純に、あんたの涙に惹きつけられたんだ。 「お、俺が?」 「知らなかったんですか?」  課長、綺麗ですよ? そう囁いていた。甘い響きを持った低い声で、目の前にいる花織課長をそそのかせないかと誘惑めいた口調で、耳元に囁く。  ヤバいだろ。魔がさすっつったって、これは冗談にはならないレベルだぞ。ヤバイ、止めとけよ。 「なっ、庄司っ」  そう理性が少しでも、この本能を止めようとする度に、オフィスでは威圧感たっぷりな声が少女めいた響きでせっかく頑張って引き止めようとする理性を押さえ込んでしまう。 「庄司っ!」  だから、この行為はさ、俺だけじゃなくて、あんたも共犯でしょ? だって、いくら細くても華奢でも、逃れることも拒否することもできるはずだ。実際、部屋に入ってから俺はその腕を捕まえていない。だから、本気で逃げたいのなら、俺を突き飛ばして扉に向かえばいいだけだ。 「見せて」  なんてね。冗談です。でも、そんなのコンプレックスにならないですよ。気にすることないです。  そう言って、この「行為」を止めるのなら今だ。今なら―― 「あ、ちょっ」  止められそうもねぇ。 「み、見るなっ」  酔った勢いでホテルに連れ込んだのは初めてだった。男相手にその気になったのも初めて。男をベッドに押し倒して、向かい合わせになり、自分と同じ男物のベルトを外して、スラックスを脱がせたのも初めて。 「見るな……ぁ」 「……」  自分と同じもんをくっつけた男の裸を見て、綺麗だと思ったのも、生唾を飲んだのも、初めて。 「どこが」 「え?」 「これの、どこがコンプレックスなんすか」 「! ぁ、ちょ、おいっ」  まるでごちそう、もしくは宝石。生唾飲んで、唇を舌で濡らして、見入っていた。触っていた。 「や、だっ……あ、ン、庄司っ」  なんだ、これ。 「あ、ぁ、ちょ、庄司」  マジかよって、腹の底で熱が暴れ出す。そのくらいにヤバい光景。白く清潔なシャツに濃紺のネクタイはそのままなのに下半身は剥かれ、ネクタイと同じ濃紺の靴下だけ。白い足には毛なんてほぼ生えてなくて、その甘ったるい声と同じ、中性的な質感と形。太腿も真っ白。 「花織さん」 「!」  そして、その太腿の付け根には産毛が本当に薄っすらとあるだけでむき出しになった、太腿の白さとは違って、薄っすらとピンク色をしたペニス。 「あ、庄司っ」 「笑えねぇ……」  こんな綺麗でエロい身体を見たのは、俺と、あの日、中学生の時の一度だけ見て笑った同級生だけ。 「や、やだっ! 見るな! おかしいんだろっ!」  なんだ、それ、すげぇヤバい。 「おかしいわけあるかよっ!」  強い口調、強い声色、それに花織さんがビクンと肩を揺らした。 「おかしくないですよ。すげぇ」  ヤバいだろ。この身体を今、独り占めして眺めてるなんて、すげぇ興奮する。それこそ、頭の芯が熱でボーっとして神経がただれたみたいに麻痺して、この人のことしか考えられなくなる。 「……ゾクゾクする」 「!」  覆い被さって、そのまま、触れた。 「あぁぁっン! あ、ダメっ、だ、触るなっ! ぁ、庄司っ」 「ここ、触られたのは初めて?」 「あっ、当たり前だろうが!」  ギャンと叫ばれて、鼓膜もバカになる。  この人の、このやらしい身体に触ったのは俺だけだと思うと、たまらない。 「あ、あぁっ、ン……ダメ、ぁ、庄司」 「どうです? 他人の手でペニスを握られて扱かれる感じ」 「あっ」  初めてこんなにじっくり見られて、こんなに触られたら、貴方の頭もバカになったりして。 「あ、ン……き、気持ち、イイ」  俺みたいにバカになったりして。 「庄司」  名前を呼ぶ声の甘ったるさに溶けそうだった。

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