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電話しつつ……編 2 ランチタイム
「外、まだまだ暑いな……」
「あぁ、そうだな」
ランチを済ませ、レストランを出ると、九月に入ったとは思えない外の暑さに、自然としかめっ面になる。オフィス街だ。風はビルとビルの隙間を通ってはくれるけど、いかんせん、その風自体がまだ夏みたいに暑くて、ただ熱風が吹き抜けるだけ。窓ガラスに反射した太陽は元気に夏のような日差しをしている。けど、要はこの暑さにも表情ひとつ崩すことはない。いつでも変わらず涼しげな表情のまんまだ。
「あっつ」
「済まない……ランチ、誘ってしまった」
けれど、俺のこぼした、太陽へのぼやきに、暑いなか、外に連れ出してしまったと僅かにしょんぼりと申し訳なさそうな顔をした。
「いや、嬉しいけど? 要と二人でランチ」
そして、今度は俺の言葉に、ほんの少し頬を赤くして、嬉しそうな顔をする。どっこにも鬼の花織課長の顔がない。俺だけが知ってる要の素顔だ。
今朝、朝食の時に言われたんだ。今日のランチを外で一緒にしないかって。普段は社食で済ませてる。安いし、美味いから。二人の時もあれば、山下や荒井とかが一緒の時もある。それはその時次第。同じ部署の奴らには俺たちのことは知っていてもらってるが、けど、職場では要は俺の上司で、俺は要の部下。当たり前だけど、仕事は仕事、恋愛は恋愛。だから、社員食堂で昼をとる時は、こんな顔はしない。
「今夜は……」
こんな、可愛いハニカミ顔は。
「今夜は一緒に食事できないだろう? だから、昼は一緒に食事がしたかったんだ」
「……」
あぁ、同期会があるからか。
それで今日の夕食ば別になるから。
だから、昼だけでも一緒に、なんてさ。
信じられるか?
今、隣ではにかみながら眼鏡を白くしなやかな指先で直した、涼しげな美人系、けど、見せる表情はたまらなく可愛いこの人がさ、つい三十分前は顧客からの無理な要望に応えて、出荷納期を二日早める調整をやってのけたし、その時、工程管理の部長と厳しい表情で、工程の無駄について議論を交わしてたんだぜ? 工程管理の部長は結構頑固で、決めた通りに進ませる、ルール、規則は絶対死守っつうタイプだから、途中での納期変更をさせるのが至難の技なのに。
「我儘だな。すまない」
「いや……いいよ」
仕事のできるかっこいい上司。
「俺も要とランチだけでも一緒にしたかったし」
「……高雄」
最高だろ? 恋人の前ではデレッデレで。
「ありがとう。まだ、見積もりの修正、三件もあるのに。この後、三時から外で打ち合わせだろう?」
けど、上司として、部下の行動はしっかり把握して。恋人相手だろうが、なんだろうが、その仕事には真っ直ぐ接する。いつだってどこだって、仕事の間はちゃんと鬼の花織課長。
「…………っぷ、あははは」
「? 高雄?」
「いや、なんでもない。見積もりは終わらせる。あとで確認して欲しいとこがあるから、そこだけ」
「あぁ」
けど、仕事じゃない時間は甘いお菓子みたいな人。そんなギャップも好きなんだって言っても、きっとこの人は自覚せずにいるんだろうからさ、
俺が笑うと、要は何に笑っているのかわからず少し不思議そうに、でも、つられて笑っていた。
そうだな。帰ったら、まずは見積もり終わらせて、三時前までには外に出る準備をしないとな。
「あ、高雄、あれはなんだろう」
「? あぁ、あの行列?」
見積もりの確認の件は了解したと笑った要が前方に何かを発見した。そこには路上にはみ出るくらい十数人の列がどこから伸びている。客層は……若い感じ。楽しそうに、この暑い中を小さな扇風機を片手に何かを待っているみたいだ。なんだろうと、その行列の発生源を目で辿っていくと、見慣れないキッチンカーがあった。
「あぁ、今、流行ってるお菓子じゃん」
「へぇ、そうなのか」
パンの間にこれでもかってほどクリームを挟んだお菓子で、最近、よく見かけるようになったやつだ。荒井と山下はそういう流行りモノによく飛びつくから、デスクでも二人であそこの店のが美味いだとか語り合ってたっけ。人気があるらしい。その都度出没するブームになるお菓子ってやつをちゃんとその都度満喫してる。
「すごいな、クリームが」
「あぁ」
このキッチンカーには三種類味があるらしい。プレーンのミルク、ストロベリー、ピスタチオ。
確かに要の好きそうな感じだ。クリームたっぷりとか結構甘いのが好きなんだ。要は。出会った頃だったら似合わないと思っていただろうけど、今となっては、溢れそうな生クリームに齧り付いて、ほっぺたにクリームくっつけてる要の方が簡単に想像できる。
「買っていくか?」
「あ、いや……大丈夫だ」
「そ?」
「あぁ、また今度」
「けど、キッチンカーだから、いつもここにいるわけじゃないかもしれないぜ?」
実際、昨日まではいなかったと思う。外回りの時にここを通ったけど、俺はあのキッチンカーを見かけなかったから。
「あぁ、その時はまた……」
でも、要はその行列をじっと見つめつつも、歩を止めることなく、そのまま通り過ぎてしまった。食べたそうにしてるのに。
要はそのまま、そろそろ時間だからと、立ち止まることはなかった。
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