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電話しつつ……編 4 酔っ払い課長
流石にまだ帰って来てないよな。
帰ると部屋は真っ暗、朝、俺たちが出た時のままになっていた。
外回りをするには、いまだに茹だるように暑い九月。締め切って主の帰りを待っていた部屋の中はそんな日中の暑さがしっかりと残っていた。窓を開けて、外の空気と入れ替えながらネクタイをほどき、時計を見ると九時を回っている。
遅くならないとは言ってたけど、どうだろうな。あの人のことだ、飲みすぎてはしゃいでなきゃいいけど。駅に迎えには行けても、同期会をやっている会場までは迎えに行けないし。全員同じ会社の人間なんだ。流石に、男女、同性とかそういうことじゃなく、職場恋愛は大っぴらじゃない方がいいだろ。ヒラどうしならまだしも、平社員と課長じゃ。
先にシャワーを浴びて、買ってきたコンビニの弁当を食べ終わって。
買い置きしてあるビールを飲みながら、テレビをなんとなく眺めて……そろそろ一度連絡しようかなと。
「ただいまぁ」
そう思ったところに要が帰ってきた。
「おかえり、早かったな。風呂沸いてるぞ」
「ぷぅ、俺はっ、早く帰るって言ったぞ!」
「あぁ……相当酔ってるな」
なんだ、「ぷぅ」って。
真っ赤にしたほっぺたを風船みたいに膨らませて。けど、スーツを一つも乱してないとこがこの人らしい。首から上だけは、とろんとした眼差しに真っ赤な顔、どう見ても酔っ払いだ。
「そんなに酔っ払ってるんなら、駅着いた時点で電話しろよ。危ねぇだろうが」
「危なくなんかない! ちゃんと歩ける! ほぉら!」
そして、急に廊下の床の木目を平均台に見立ててバランスを取りながら一本道を歩き始めた。その行動がまず酔っ払いなんだけどな。
要の帰宅で急に部屋の中が賑やかになった。たった一人、けど、その一人がいるだけで、部屋の空気が肌に馴染むものに変わる。音が楽しげに騒ぎ出して、退屈じゃなくなる。
「どーだ!」
「あぁ、すっげぇ酔っ払い」
「だから! 俺は全然! っ……っ、ン」
ついさっきまで、きっと同期会の中で鬼の花織課長の顔をしてたんだろう要が随分とはしゃいで可愛いから、捕まえて、キスをした。予想ではここまで飲まないだろうって思ってたんだ。一次会で帰ってくる感じの口ぶりだったし、同期の奴らがうじゃうじゃいる中じゃ、要も「鬼の花織課長」のお面を外すことはないだろうから。
けど、予想に反して、しっかりな酔っ払いになってた。
危ないだろ?
何、この可愛い酔っ払い。
だから、本当はまず水を飲ませた方が良さそうなほど熱くアルコールの染み込んでそうな舌を捕まえて、千鳥足の要が転ばないように廊下の壁に押し付けて、濃厚なキス。
「酒くっさ……」
「!」
要は俺の呟きに慌てて自分の口元を両手で覆い隠した。
「そういう意味じゃねぇよ。飲み過ぎだってこと。俺がいない場所でそこまでへべれけになるなよ」
攫われたらどうすんだ、酔っ払い、って意味。
「あっン」
ほら、首筋に軽くキスしただけで、この甘い声。ひん剥きたくなるに決まってる。男でも、女でも、このピンク色をした果実みたいな男を。
「あっ」
ひん剥いて齧りたくなる。
「あ、ン、高雄」
「水持ってきてやる」
けど、先に水だな。本当に口ん中が熱かったから。とりあえずキッチンへ行き、冷蔵庫の中からミネラルウオーターのペットボトルを取ってきて、差し出すと、それを受け取ることなく、俺の懐に入った。
「高雄……」
ほら、酔っ払いだ。俺を引き寄せて、唇を舐めて甘えてる。とろりと溶けそうな熱い舌で舐めて、濡らして、誘ってる。
「……先に水、そんで風呂、俺は入ったから」
「むぅ」
さっきと同じようにほっぺたを風船みたいに膨らませたかと思ったら、今度は違う鳴き方をした。これ、絶対に明日は真っ赤になって謝るんだろうな。飲みすぎて絡んで申し訳ないって言いそう。
「だーめ。とりあえず風呂。けど、あんま長風呂するなよ? 俺はシャワーを浴び終えたから」
ペットボトルの水を飲ませてから、ひっぺがして、風呂場へ連れて行った。首元まで真っ赤になってる酔っ払いを風呂場に押し込んで、スーツが皺にならないようにハンガーへかけてやる。荷物はとりあえずリビングへ。明日は休みだから、出勤の準備も特になし。ルームウエアを風呂場に置いて。それから――。
そこで俺のスマホがリビングで鳴った。
いつもは音に設定してないけど、要から連絡があるかもしれないと、着信があったときすぐにわかるようにしておいたんだ。
急がせるように鳴り続けるスマホを手に取ると、着信は山下からだった。
「もしもし?」
『庄司さぁぁん! お休みのところ申し訳ないです! あの、一つ、質問したいことがあって』
「はぁ? お前、まだ会社にいるのか?」
『いません! 流石に帰ってきたんです、けど! あの一つ、機器の資料、会社で探すの忘れちゃってて。それで今、部屋でネットで調べようとおおおお、思ったんですけどおおお』
「あぁ」
半泣きの山下に、手伝いを少しでもした俺は仕方なしに付き合っていた。
「それの型式で探しても多分ねぇよ……あぁ」
山下のうるさい半泣き声でわからなかった。
「あ……」
シャワーの音が止んでたこと。
要が風呂から出てきていたこと。
「……」
さっき以上に真っ赤な顔をして。
「……あぁ、それは」
恋人の電話が終わるのを待ちながら、ずいぶん、可愛い格好をしてるのを、山下のでかい声で気がつかなかった。
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